戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

1.都市-02.中国地方

伊尾 いお

備後国世羅郡大田庄桑原郷の集落。現在の広島県世羅郡世羅町伊尾。初期の大田庄の開発を担った橘氏、および鎌倉初期に地頭となった三善氏の本拠地となった。戦国期は尾首城主であった湯浅氏の本拠となり、同氏によって大通、近森の両地区の開発が進められた。

白潟 しらかた

出雲国宍道湖東岸の港町。宍道湖東側の出口に形成された砂州の先端付近に形成されたとみられる。水陸の交通の要衝であり、また職人ら多くの住人を抱える都市でもあった。

高山 こうざん

備後国世羅郡大田庄の今高野山およびその門前町。中世、紀伊国の高野山領となった大田庄の支配拠点となったとみられる。17世紀初頭の福島正則の時代には安芸・備後屈指の町場へと発展していた。江戸期の名称は「甲山町」であったが、文政三年(1820)…

岩国 いわくに

周防国最東部の錦川河口部の港町。古来より山陽道の要所であり、また錦川流域と瀬戸内海の結節点であった。中世には周防守護・大内氏の有力家臣である弘中氏の拠点となり、周辺には多くの警固衆が存在した。江戸期には吉川氏が岩国城を築いて入部した。

日積 ひづみ

周防東部の街道の要衝に位置した市場町。現在の山口県柳井市日積の鍛冶屋原地区には、大内氏の代官・杉氏が屋敷を構え、鉄材料を加工する鍛冶がいたことが遺跡と史料から分かっている。

高山 たかやま

沼田小早川氏の居城・高山城の城下町。沼田荘を流れ瀬戸内海に注ぐ沼田川と山陽道(西国街道)の結節点という交通の要衝に位置する。

草戸 くさど

備後国南部、芦田川河口部の港町。鎌倉期に成立し、地域経済拠点としての役割を果たしながら、16世紀初頭まで存続した。なお集落の名称は時代によって「草津」、「草井地(くさいじ)」、「草出(くさいつ)」、「草土(くさど)」、「草戸(くさど)」な…

深津(備後) ふかつ

備後国の福山湾に面した港町。中世までは蔵王山から南へ突き出た深津丘陵によって深い湾が形成されていたとみられる。現在の広島県福山市東深津町。9世紀の文献に市場の賑わいが記されており、中世においても活発な商取引があったと推定される。

椋梨 むくなし

沼田小早川氏の有力庶子家・椋梨氏の本拠地。現在の広島県三原市大和町椋梨。椋梨氏の居城である堀城の周辺には、屋敷地や市場、寺院などがあったと推定されている。

竹原本庄 たけはらほんじょう

竹原小早川氏の居城・木村城の城下集落。本項名称は当時のものではなく、便宜的な仮称。青田山麓(現在の青田地区諏訪迫)の領主居館を中心に、寺社や町場、鍛治、防衛設備、家臣居館等があったとみられる。

竹原 たけはら

安芸国東西条方面から流れる賀茂川の河口部に位置する港町。中世、安芸国人・竹原小早川氏の外港ともなった。現在とは違い、賀茂川が注ぐ中世の竹原湾は、沖に浮かぶ横島に守られ、小島が点在する波静かな良港であったとみられる。

高津 たかつ

石見国西部、高津川河口部の港町。13世紀前半には高津郷における津湊の存在が確認できる。高津川・益田川流域の物資集散地として栄えたとみられる。

見島 みしま

萩沖、約90キロメートルの日本海に浮かぶ見島の港町。山陰と対馬・朝鮮半島を結ぶ中継点にあった。見島はその地理的条件から、奈良・平安期においては朝鮮半島をにらんだ防衛拠点であった。中世には、大陸との交流の拠点となった可能性も指摘されている。

横田 よこた

石見西部、高津川と匹見川の合流点付近に位置した市町。 匹見川と高津川の両河川の流域の物資集散地として、益田氏の本拠・益田本郷と内陸部をつなぐ交通の要衝として栄えたとみられる。

三吉 みよし

備後北部の三次盆地の馬洗川流域、現在の広島県三次市畠敷あたりにあった市町。国人・三吉氏の本拠である比叡尾山城の城下町でもあったとみられる。

神辺 かんなべ

中世山陽道の分岐点に位置した市町。現在の広島県福山市神辺町。特に大字川北や大字川南が町場の中心だったとみられる。

鞆 とも

瀬戸内海に突出た沼隈半島の東南端する港町。仙酔島や大可島などの島々に守られた良港。瀬戸内海を航行する際の潮待ちに利用され、瀬戸内海航路の要港として栄えた。

田島 たしま

備後国沼隈半島のすぐ南に浮かぶ田島の西岸、横島との海峡部に位置する港町。中世、海賊衆・因島村上氏の拠点の一つとまった。また塩などの周辺物資の運搬を担う水運基地として栄えた。

三庄 みつのしょう

因島南部に位置する港町。中世の三庄は因島島内で中庄につぐ塩の荘園だった。

中庄(因島) なかのしょう

備後因島の中央部に位置する港町。室町・戦国期、瀬戸内屈指の海賊衆・因島村上氏の本拠として水運、水軍の基地となった。

尾道 おのみち

尾道水道により荒波から守られる良港をもった港町。農産物や鉱物資源などを産する後背地や、周辺海域の物資集散地として瀬戸内海屈指の要港として栄えた。

瀬戸田 せとだ

高根島との水道部に面した生口島の北西部に位置する港町。周辺海域の水運の中核として栄えた。

沼田市 ぬたいち

沼田川河口部の自然堤防上に形成された市場(市庭)町。埋立てが行われる以前、沼田川河口部には入海が深く入り込んでいたという。南北朝期以降、沼田小早川氏の支配がおよんだ。

忠海 ただのうみ

大崎上島、大久野島の山陽側対岸に位置する港町。中世、沼田小早川氏の一族・浦氏の本拠地。瀬戸内海航路の中継港としても栄えた。

高崎 たかさき

瀬戸内海航路において、山陽沿岸航路と防予諸島内を突っ切る沖乗り航路の分岐点に位置した港町。 瀬戸内海の重要な寄港地であるとともに、周辺地域における造船を含めた水運活動の拠点となった。

三津 みつ

安芸国三津川河口部の港町。現在の広島県東広島市安芸津町。室町期は三津村、風早村、木谷村の三ヶ村が「三津三浦」あるいは単に「三津村」と称されて一体のものと認識されていた。古くから風待ちの港として知られ、中世は竹原小早川氏の外港ともなった。

田万里 たまり

旧山陽道の市町。東西条四日市と本郷・三原の中間に位置し、江戸期には間宿(あいのしゅく)として栄えた。現在の広島県竹原市田万里町。

白市 しらいち

安芸国高屋盆地東端に位置する市町。現在の広島県東広島市高屋町白市。国人領主平賀氏の拠城・白山城の城下町ともなった。急な坂道に沿って町場が形成されている。坂の上に元暦元年(1184)創建と伝えられる養国寺があり、元々は同寺の門前町であったと…

西条(四日市) さいじょう

安芸国中央部の西条盆地に位置する市場町。古代以来、安芸国の中央部と東部沿岸地域を結ぶ山陽道の要衝にあった。

倉橋 くらはし

安芸灘に浮かぶ倉橋島の南岸に位置した港町。古代以来の瀬戸内海航路の寄港地として、また中世には海賊衆・倉橋多賀谷氏の本拠として栄えた。