戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

2024-01-01から1ヶ月間の記事一覧

サクレウ Zaculeu

後古典期後期(1200年~16世紀)のマム・マヤ人の主都。グアテマラ共和国ウェウェテナンゴ県に位置するサクレウ遺跡がその跡地とされる。遺跡名はマム・マヤ語で「白い土地」を意味する。

イシムチェ Iximché

後古典期後期(1200年~16世紀)のカクチケル・マヤ人の主要都市。現在のグアテマラ共和国チマルテナンゴ県にあるイシムチェ遺跡がその跡地。メキシコ中央部のナワトル語で「クアウテマラン」の名称で呼ばれた。この「クアウテマラン」がスペイン語の…

クマルカフ Q'um'arkaj

後古典期後期に高地マヤで強勢となったキチェ・マヤ人の主都。現在のグアテマラ共和国キチェ県に位置するクマルカフ遺跡がその跡地とされる。遺跡名の「クマルカフ」はキチェ・マヤ語で「古い葦の場所」を意味し、別名のウタトランは、ナワトル語で「豊富な…

トゥルム Tulum

メキシコ、ユカタン半島東部(キンタナロー州)のカリブ海沿岸にあったマヤ都市。1200年頃から16世紀のスペイン人征服期まで交易港として栄えた。

マヤパン Mayapan

メキシコ、ユカタン半島北部(ユカタン州)にあったマヤ都市。マヤの後古典期前期にあたる1150年(久安六年)ごろに勃興した。後古典期後期(1200~1539)におけるマヤ低地北部最大の都市であり、ユカタン半島北部の広範な地方に及ぶ政治同盟の…

鹿老渡 かろうと

安芸国倉橋島の最南端の港町。かつては島であった高見山との間に形成された陸繋砂州上に作られた。芸予海峡のほぼ中間に位置し、16世紀後半頃から活発化しはじめた沖乗り航路の潮待ちの停泊地として利用されるようになったとみられる。

志野(美濃焼) しの

美濃焼の一種。長石を釉薬とした白いやきもの。慶長五年(1600)までには生産が始まっていたとみられる。器種は大きく分けて、白磁や染付といった中国陶磁器を意識した丸皿などの量産品と、茶碗・鉢・水指などの茶陶製品がある。初めて筆による絵付けが…

瀬戸黒(美濃焼) せとぐろ

美濃焼の一種。黄瀬戸と同様、瀬戸の黒色の茶碗という意味からその名で呼ばれる。器種はほぼ茶碗に限定されている。美濃国の東濃地域(可児、土岐、恵那の3郡にまたがる地域)における大窯で、天正年間末期頃から17世紀初頭にかけて黄瀬戸、志野などとと…

黄瀬戸(美濃焼) きせと

美濃焼の一種。天正末年頃から慶長十年(1605)頃まで生産された。名称は「瀬戸より来たる黄色のやきもの」という意味。当初の黄瀬戸は中国の青磁をモデルとしたとみられるが、後に華南三彩の影響を受けたといわれる。

織部(美濃焼) おりべ

美濃焼の一種。慶長十年(1605)頃から元和年間頃まで生産された。多様な色彩やモチーフ、器形が特徴。その名は、同時代の茶人古田織部助重然に由来するとされるが、具体的な関係はよく分かっていない。

下津井 しもつい

中世、独立した島嶼であった児島(現・児島半島)の南西端に位置した港町。瀬戸内海の喉首を占める地勢上、瀬戸内海航路の重要な寄港地として、また水運の拠点としても栄えた。

備前焼 びぜんやき

備前国の香登荘、伊部周辺で生産された無釉の陶器。壺、擂鉢、大甕の三器種を中心に生産され、西日本を中心に貯蔵用や調理用の生活雑器として広く使用された。16世紀ごろから茶陶としても用いられるようになった。

トウモロコシ(マヤ) とうもろこし

マヤ文明が栄えたメソアメリカ南東部で生産されたトウモロコシ。トウモロコシはメソアメリカに野生していたテオシンテを起源とするとされ、マヤでは先古典期前期(前1800~前1000)頃から栽培が始まったとみられている。

トウモロコシ(アステカ) とうもろこし

アステカなどメキシコ中央高地で生産されたトウモロコシ。トウモロコシはアステカにおける主食であり、同国では支配下に置いた国にトウモロコシ等の貢納を要求する一方で、チナンパと呼ばれる灌漑農業を展開した。