戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

2.交易品-04.近畿地方

伏見酒 ふしみさけ

洛南の伏見で造られていた酒。「伏見酒」の語がみえるのは16世紀末であり、当時は興福寺などの僧坊が作る奈良の酒と競合していた。また酒造業発展の背景には、豊臣政権による伏見城下町の整備があるといわれる。

木練柿 こねりがき

京都近郊で栽培された甘柿。室町期から寺院や公家の庭で栽培されはじめた。流通量は少ないながらも贈答品として珍重された。16世紀末ごろから嵯峨で商品作物としての栽培が本格化したとみられる。

柿(山科) かき

山城国宇治郡北部の山科で生産された柿。渋柿であり、防水材や漆器の下地塗料などに使用された。公家・山科家の膝下荘園である山科東荘では、文明十二年(1482)頃から商品作物として栽培が本格化していたとみられる。

酒(山科東庄) さけ

公家・山科家の膝下荘園である山科東庄において醸造されていた酒。東庄の各家で自家醸造されていたとみられる。山科家の家司で東庄代官でもある大沢久守も、政所で醸造を行っていたことが『山科家礼記』にみえる。

大津棰 おおつたる

近江国大津で生産されたとみられる酒。大津に近い山科を領した公家・山科家は、山科東庄を通じて大津棰を調達し、贈答に用いている。

火槍(日本) かそう

中国発祥の火器。火薬を詰めた筒を槍の尖端に付け、点火することで火炎を噴出する。応仁の乱の際、東軍の細川勝元らの陣営に配備された。琉球王国から現物または製造技術が移入されたと推定される。

径山寺味噌 きんざんじみそ

中世以降、紀伊国の湯浅などで生産されていた嘗め味噌。伝承によれば由良興国寺の開山・覚心が鎌倉前期に中国の南宋から伝えたとされる。

根来塗 ねごろぬり

中世、紀伊国根来寺で生産された朱漆器。黒漆の地塗りの上に、朱漆の上塗りが施されている。神社や仏寺の什器として使用された。江戸期では民間に流出して広く使われるとともに、「根来」や「根来物」などと呼ばれて珍重された。なお「根来塗」の名は、黒川…

唐ミソ とうみそ

奈良興福寺の子院、多聞院で作られていた発酵食品。鼓(くき)。大豆と麦から作る麹に塩と水を加えて作る。多聞院ではさらに唐ミソを漉して「唐ミソノ汁」を採っていた。これが現代の醤油に通じる源流の一つであった可能性も指摘されている。

「醤油」(興福寺多聞院) しょうゆ

奈良興福寺の子院、多聞院で作られていた液体調味料。『多聞院日記』の永禄十一年(1568)十月二十五日の記事にみえる。現在の「醤油」と同じ文字の単語がみえる早い例。

南蛮餅 なんばんもち

江戸初期成立の『南蛮料理書』にレシピの記載がある。小麦粉、黒砂糖、葛粉を少し入れてこね、蒸した後に切る、とされている。

国友筒 くにともづつ

近江国北部の国友村で製造されたか、または国友出身の鉄炮鍛冶によって製造された鉄炮。 天文十二年(1543)の鉄炮伝来後、かなり早い段階から製造が開始された。特に16世紀末から元和元年(1615)の大坂戦役にかけての時期には、徳川氏や諸大名の…

堺筒 さかいづつ

堺の鉄炮鍛冶によって製造された鉄炮。