3.人物-東アジア
中国徽州出身の海商・方三橋の貿易船の乗員。1548年(天文十七年)五月、日本から明国に戻った際、明軍に捕縛された。船には中国人とともに20名の日本人が乗っており、ヨーロッパ人から奪った仏郎機砲などの火器も搭載されていた。
中国福建・泉州府同安県出身の貿易商人。16世紀中頃、銀貿易の為に日本に向かう途中、朝鮮に漂着した密貿易船の「頭人」の一人。李章らの密貿易船は、100人以上が乗船する大型ジャンク船であり、乗員の多くが福建の海商たちであったとみられる。
中国福建の漳州出身の貿易商人。16世紀中頃、銀貿易の為に日本に向かったが、朝鮮に漂着して捕縛され、明朝に送還された。朝鮮政府にとっては、日本・福建間の密貿易活発化を認識する契機となった。
広東虎門出身の中国人。クリスチャンで、洗礼名はペドロ。東南アジアに密航した後、ポルトガル船の船員として広州に来航した。火薬や大砲の製法に通じ、明朝の仏郎機砲導入に大きな役割を果たした。
中国南宋の港湾都市・泉州にて1272年(文永九年)に没した人物。ホラズム出身の王族であったとされる。
元朝(大元ウルス)の将軍。1285年(弘安八年)とその翌年、骨嵬(クイ)を討つ為、大軍を率いてサハリンに侵攻した。動員された兵数は1万人で、これとは別に、兵站確保のために旧南宋軍による屯田も行われた。
13世紀末のアイヌの首領の一人。サハリンから海を越え、元朝(大元ウルス)の勢力圏に侵入した。
中国泉州の商人。赤間関で毛利氏との貿易を行った。
16世紀末、朝鮮の役で明朝に降った日本兵の一人。剣術に通じ、明朝の京営(京師在駐の禁軍組織)で剣術の教師となった。