戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

4.船舶

使送船(対馬) しそうせん

日本(対馬)から朝鮮に渡航した使節が乗り込んだ船。朝鮮は通交(外交)と貿易を一体のものとして扱ったため、使送船もまた貿易船としての性格を持った。また船の規模は、朝鮮側によって規定されていた。

飛船小早(対馬) ひせん こはや

対馬宗氏が朝鮮への緊急連絡の際に用いた船。小早に分類される櫓漕ぎの帆船であり、風待ちをすることなく、海峡を渡って朝鮮半島へ渡航することができた。「おしふね」や「渡口の船」とも呼ばれたとみられる。

コッゲ船 こっげ せん

北ヨーロッパを起源とする1本マスト、1枚横帆の貿易船。全長は約30メートル。コグ cog あるいはコッグとも呼ばれる。13〜14世紀、バルト海や北海の交易で用いられた。14世紀には地中海でも採用され、15世紀に現れるキャラック船の源流の一つとな…

大福船 だいふくせん

16世紀、中国明朝の福建地方で造られた尖底の大型ジャンク船。小型艦船を圧倒する戦闘力を有したという。明軍だけでなく、中国福建の密貿易商人たちも用いており、日本人が買い入れていた可能性もある。

遣明船 けんみん せん

室町・戦国期、日本から中国の明朝に派遣された船舶。チャーターされた国内商船が充てられた。天文十六年度船は、記録から船の全長や柱長が分かっている。

黄窩児船 ふぁんうぉる せん

サハリン(樺太)の民・二ブフによって造られた船。サハリン周辺海域での航海で使用された。板船であったと推定されている。

熊野新造 くまのしんぞう

乗員33人の大型船。戦国期、北条氏が運用していることが確認される。

東海船 とうかいせん

乗員六人の中型船。戦国期、伊勢海と東海沿岸、内海(江戸湾)で運航が確認される。

ハガセ はがせ

六枚櫂の中型船。近世の史料には「羽風」、「羽賀瀬」としてみえる。船底は平らで堅牢であったが、ムシロ帆による帆走の性能は低かった。主として櫂走であり、そのため波の荒い日本海においても航行が可能で、日本海沿岸を広く活動したという。

安宅船 あたけぶね

戦国期日本における最大級の戦艦。小型で500石、大型では2000石にも及ぶ積載量をもち、盾板(装甲用の硬く厚い板)で装甲し、甲板上には2層ないし4層の楼閣(矢倉)を備えていたといわれる。その巨大な積載量を生かして鉄炮や大筒(石火矢)などの…