戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

2.交易品

焼酎(薩摩) しょうちゅう

戦国期、薩摩国には米を原料とする焼酎(焼酒・蒸留酒)が存在していた。16世紀に薩摩に滞在したポルトガル人の報告資料にみえる。薩摩国は焼酎を作っていた中国や琉球と交流があり、そこから生産技術が移入された可能性がある。

南蛮酒 なんばんしゅ

南蛮(東南アジア)で製造された酒。琉球王国はシャム王国やマラッカ王国との貿易の中で、椰子などを原料とする酒を積極的に輸入していた。輸入された南蛮酒の一部は朝鮮や日本にも再輸出されていったとみられる。

琉球焼酒 りゅうきゅうしょうしゅ

琉球で製造された蒸留酒。1713年(正徳三年)成立の『琉球国由来記』では「米・粟・稷・麦を以って作る」とする。16世紀後半以降、琉球から薩摩島津氏への進上品にみえるようになる。島津氏はこれを「アワモリ」と称して徳川将軍家などへの贈答品とし…

豊後筒 ぶんごづつ

豊後国で製造された鉄炮。豊後国は刀剣の生産地としても知られ、鉄炮製造のための技術的・資源的な素地に優れていた。豊後大友氏は、永禄年間には将軍足利義輝から鉄炮複製を依頼されており、豊後での鉄炮製造がよく知られていたことがうかがえる。

石火矢(豊後) いしびや

戦国期の豊後国では石火矢が製造されていた。豊後を領国とする大友氏は、貿易を通じて倭寇やイエズス会(ポルトガル)勢力から石火矢技術を得たとみられる。大友氏滅亡後、その人材と技術は徳川家をはじめ各大名家に流出した。

大砲(オランダ) たいほう

オランダでは16世紀半ば以降、大砲への需要が急速に高まった。17世紀に入るとイギリスやドイツ、スウェーデン等から大砲を輸入する一方、自国でも鋳鉄砲および青銅砲の生産を開始。材料の中には、日本から輸入した銅があったともいわれる。

大砲(イギリス) たいほう

イギリスの大砲製造は15世紀末頃から始まり、国内の豊かな鉄鉱石資源を活かして鋳鉄砲の開発が進められた。その結果、16世紀半ば以降、ヨーロッパ各国に輸出するまでに大砲産業は成長する。17世紀初頭には、徳川家康もイギリス製大砲を買い付けている。

大石火矢 おおいしびや

戦国期、後装式の大砲である仏郎機砲は石火矢と呼ばれたが、17世紀初頭、オランダから移入された前装式の大型砲は「大石火矢」と呼ばれた。その大きさは従来の石火矢(仏郎機砲)と隔絶するものだった。ただし大型の仏郎機砲を指して「大石火矢」とする場…

石火矢 いしびや

戦国期、日本で使用された大砲。日本では「石火矢」と呼ばれた。一方で史料上には「小筒」「大筒」あるいは「大鉄炮」があり、これらの違いについては不明。ヨーロッパから伝来した仏郎機砲とみられるが、中国的な火炮や大型の火縄銃を意味している可能性も…

倭板 わばん

日本から輸出された木材。日宋貿易では日本からの主要な輸出品であった。入宋僧が寺院造営用の木材として南宋に送っており、また棺材としても需要が高かった。

木鉄砲 きてつほう

砲身を木で拵えた木砲。木筒とも呼ばれた。16世紀中期の中国明朝では日本の「木銃」の模造が図られていた。江戸期の軍記物『南海治乱記』では、木鉄砲は伊予河野氏から始まるとする。

西条柿 さいじょうがき

安芸国賀茂郡が発祥とみられる渋柿。広島県東広島市西条町寺家の長福寺に原木があったと考えられている。戦国期に安芸国だけでなく石見国や出雲国、伯耆国ほかに伝播。江戸期には「西条柿」として全国に知られた。

高麗鷹 こうらいたか

朝鮮半島から日本に輸入された鷹狩り用の鷹。中世の武士たちにとって鷹狩りは一種のステータスであり、鷹は威信品でもあったと思われる。その中でも朝鮮半島から舶来した鷹は特に珍重された。

高麗扇 こうらいおうぎ

朝鮮半島で製作された摺扇。11世紀、日本の摺扇は中国で好評を博したが、高麗に輸出された物も多かった。高麗では日本扇を中国に輸出する一方で、自国で製作した摺扇も国外に輸出。戦国期の日本でも贈答品として用いられた。

仮倭扇 かわせん

日本の摺扇(倭扇・日本扇)を模して作られた扇。中国明朝において、日本の遣明使節と関係が深い浙江地方において生産された。16世紀中期、寧波で「仮倭扇」が作られていたことが記録にみえる。

遣唐扇子 けんとうせんす

日本の扇は、中国の扇(団扇、方扇)とは違って折り畳める点と、そこに描かれた様々な主題の繊細な絵が好評を博していた。それらは中国では「摺扇」「摺畳扇」「折扇」などと呼ばれた。一方、室町・戦国期の日本では、遣明使節の進貢品の扇を「遣唐扇子」「…

浜名納豆 はまななっとう

遠江国浜名湖周辺で作られた大豆の発酵食品。戦国期、今川氏領国にて贈答品として用いられており、駿河に下向していた山科言継はその製法を日記に記している。

著羅絹 ちょろけん

16世紀末ごろから日本に輸入された絹織物の一種。鎖服、知与呂介牟、長羅絹とも。厚手の生地で木目文様が特徴とされる。

兜羅綿 とろめん

綿糸に動物の毛をまぜて織った毛織物。主に中国から輸入された。室町期は高い身分の者しか使用が認められない貴重品だった。江戸期に入るとより高級な毛織物である羅紗などが輸入され、価値が相対的に低下。一方で足袋の素材となるなど、下級武士、庶民にも…

伏見酒 ふしみさけ

洛南の伏見で造られていた酒。「伏見酒」の語がみえるのは16世紀末であり、当時は興福寺などの僧坊が作る奈良の酒と競合していた。また酒造業発展の背景には、豊臣政権による伏見城下町の整備があるといわれる。

山口酒 やまぐちさけ

周防国山口で造られたとみられる酒。天文八年度と天文十六年度の遣明使節の記録にみえる。両方とも山口を本拠とする大内氏が経営主体となっており、赤間関等で遣明船に積み込まれたとみられる。

道後酒 どうごさけ

伊予国道後で造られたとみられる酒。伊予酒とも。慶長十六年(1611)頃から日記類にみえるようになる。17世紀中頃には伊予を代表する産物として全国に知られた。

三原酒 みはらざけ

備後国の港町三原で造られた酒。17世紀初頭からその名が見える。三原では福島正則入部後に酒造業が発達したとみられ、その後全国屈指のブランドとなった。

尾道酒 おのみちざけ

備後国の尾道およびその周辺で生産された酒。室町期以前から酒造業が盛んであったとみられ、『庭訓往来』には名産として「備後酒」がみえる。16世紀末には全国的にも知られる酒となっており、貴人の贈答品としても用いられた。

木練柿 こねりがき

京都近郊で栽培された甘柿。室町期から寺院や公家の庭で栽培されはじめた。流通量は少ないながらも贈答品として珍重された。16世紀末ごろから嵯峨で商品作物としての栽培が本格化したとみられる。

柿(山科) かき

山城国宇治郡北部の山科で生産された柿。渋柿であり、防水材や漆器の下地塗料などに使用された。公家・山科家の膝下荘園である山科東荘では、文明十二年(1482)頃から商品作物として栽培が本格化していたとみられる。

酒(山科東庄) さけ

公家・山科家の膝下荘園である山科東庄において醸造されていた酒。東庄の各家で自家醸造されていたとみられる。山科家の家司で東庄代官でもある大沢久守も、政所で醸造を行っていたことが『山科家礼記』にみえる。

大津棰 おおつたる

近江国大津で生産されたとみられる酒。大津に近い山科を領した公家・山科家は、山科東庄を通じて大津棰を調達し、贈答に用いている。

蕎麦 そば

穀物のソバ、およびソバの実を原料とする蕎麦粉を加工して作られる料理。日本では古くから救荒作物として栽培された。こんにち一般的な麺状の蕎麦切りは、16世紀後半には存在していたとみられる。

ライン ワイン Rhein wein

ドイツのライン川流域で生産されたワイン。ドイツ北部沿岸地域や中部ドイツ都市では、ラインワインが最も一般的なワインであった。なお現フランス領のアルザス地域で生産されるワインはアルザスワインとして区別されたが、地域によってはラインワインとして…