戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

ダシーシュ Dashīsh

 大麦発芽発酵飲料。10世紀のイラク農書『ナバティアの農書』に、農民の常飲品として記録されている。疫病の予防に効果があるともされた。

苦味のある発酵飲料

 現存する最古の農書である10世紀の『ナバティアの農書』の編者イブン・ワフシーヤは、農民の滋養品として4つの大麦製品、すなわち大麦パン大麦水、粒大麦粥、そして大麦発芽発酵飲料(ダシーシュ)を挙げている。大麦発芽発酵飲料ダシーシュは、発芽大麦粉の茹で汁を密封発酵させた酸味や苦味がある飲料であり、苦味のものの方が、酸味のものより良質とされた。

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 ダシーシュの製法については以下のように記されている。

(ゴミを除去し吸水した大麦)粉4分の1ラトル*1に、17ラトルから20ラトルの水を入れ、中火で4ラトルになるまで煮込む。すこし沸騰が静まるところを細心の注意で判断し、すぐに口の狭い素焼き容器に注ぎ込む。これは素焼き壷と同じ形である。熱いまま、冷却するまで放置し、次に一昼夜ずっと、小さい棒で出来るだけ撹拌する。あるいは短い棒で撹拌する。その第四日には、その中にヘンルーダ(ミカン科の植物)、ミント、セロリの刻みをたっぷり入れる。再度密封し、一昼夜放置する。その水を、中に草や粉が入っているので、濾して、この容器から別の同型容器へ移す。

 またイブン・ワシーヤは、この飲料は疫病および家畜の疫病に対する予防薬となるとし、農民に毎日の服用を徹底させるよう指示している。服用については、アルメニアの土と呼ばれる粘土を食べた後に約半リットルから1リットルほど飲むとある。

日常の飲み物

 イブン・ワシーヤは、ダシーシュの地域性についても言及している。

この飲み物は、ライ(イラン中北部の都市)周辺の地域の人が作り、「カシュカーブ」と呼ぶ飲料である。アラビア語では「粥の水」という意味である。ナバティア人は、ケシの実の皮を多量に入れるが、ペルシャ人は一切入れない。同じ製法でつくり、あたかもフッカーウの如くに飲用する。ただしコショウ、ショウガ、シナモン、丁子などのフッカーウに使う香辛料類は一切入れない。

 ダシーシュが、イラン・イラク地域一帯で日常的に飲用されていたことが知られる。なおフッカーウとは、発芽した穀類(小麦あるいは大麦)を主成分とした発酵飲料を意味する。

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参考文献

  • 尾崎貴久子 「中世イスラーム世界の大麦と大麦食品」(『オリエント』58 2016)

イブン・ワフシーヤ 『ナバディアの農書』 パブリックドメイン

File:The Nabataean Agriculture.png - Wikimedia Commons より

*1:1ラトルは約450グラム、液量にして500ミリリットル前後。