戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

サリード Tharid

 パンを酢と油に浸した料理。パン粥。中世、都市社会で最もよく食べられていた穀物料理の一つとされる。

酸味をきかせた料理

 サリードは、預言者ムハンマドの言行録であるハディースにも言及がある。9世紀のハディース学者アル・ブハーリーが編纂したハディースの「食物の書」には、ムハンマドが食べたとされる食物としてサリード、およびカボチャ入りサリードがみえる。

 そしてサリードは修道僧たちの常食でもあった。10世紀の地理学者で各地を遍歴したアル・ムカッダスィーは、「わたしはスーフィーたちとハリーサを食べ、修道僧たちとサリード(パン粥)を、漁民たちとアシーダ(ミルク粥)を食べたと」と記録している。

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 10世紀半ばにアル・ワッラークが編纂したアッバース朝宮廷の料理書『料理と食養生の書』では、サリードの製法について以下のように記載されている。

ワインビネガーを壺に入れ、そこに酢の半分の量の砕いた砂糖と少々の塩を入れる。別の壺には丸く平たいパン(raghif)をちぎりいれ、水を加えしばらく置く。パンを取り出し、水気をよく切る。刻んだキュウリやタマネギ、ミントの葉、タラゴン、セロリ、タイム、バジルをパンにふりかけて、よく混ぜる。そのパンに砂糖を溶かした酢をたっぷりとかげる。次に1ウーキーヤのオリーブ油をそそぐ。そしてディルハム硬貨のように切ったキュウリを表面に並べ、氷をふりかける。酢を混ぜたバラ水を手でふりかける。これで最も美味なサリードとなる。

 イブン・ワブシーヤが10世紀に編纂した農書『ナバティアの農書』にもサリードに関する記述がある。

この地域(南イラク)で、夏季に作られる食べ物としては、特にサリードがある。サリードは、その調理法から一般に〈酢と油料理〉と呼ばれる。
〔作り方は〕まず水にパンを浸し、塩をまぶす。次に(浸した)パンをスプーンで一口大に切ったものに酢とオリーブ油を注ぐ。そしてキュウリ、ミント、バジルをかけて食べる。
人々はこの料理をおいしいと誉めている。人によっては、水を注ぐ前に酢を注ぎ、塩をふりかける。これは最も酸味の強いサリードであり、酸味を望む人々が作る。
ところで、ジーラーンの一部の人々や、特にアゼルバイジャーン地域の人々、そしてライイやその近隣地域、イラク地方の人々は、別の作り方で〈酢と油料理〉を作る。

 『ナバティアの農書』は前述の『料理と食養生の書』と比べ、農書だけあって栽培作物の諸地域の利用法としての調理法が記述の中心となっている。また、サリードが人々から広く好まれた料理であり、特にサリードに強い酸味を求めている人々が一定数存在したこともうかがえる。

医学的な効能

 10世紀、アル・ラーズィーは医学書『栄養の益とその害の防止の書』の中で、医学的な視点からサリードの効能と食す際の注意点を記している。

浸しパンとは水に浸したパンのことで、サリードと呼ばれる。これは、腸内のガスを生み出すもの、胃を弱めるもの、下痢をおこすものである。
〈温〉の体質の人や、熱いときに、適した食べ物である。熱を下げる時にこれを食べれば、驚くべき解熱効果をあげるが、下痢をおこす。したがって〔〈温〉の体質以外の〕健康な人、とくに〈冷〉の体質の人や腸内にガスがたまっている状態にある人は、サリードを食べるべきではない。

 サリードについて、解熱効果がある一方で下痢をおこすものとしている。また腸内のガスを生み出すので、食べる人の体質によっては推奨しないとしている。

参考文献

  • 鈴木貴久子 「中世アラブ料理書の系統と特徴について」(『オリエント』97 1994)

サリード 著作者:Miansari66 パブリックドメイン

https://en.wikipedia.org/wiki/File:Tharid..JPG