広島県安芸太田町戸河内の大歳神社に所蔵されている胴丸甲冑。中世、戸河内を支配した栗栖氏が寄進したものと推定されている。製作時期は室町期とみられ、高級品に対する普及型であった可能性が指摘されている。
普及型の胴丸甲冑
胴は前立挙二段、後立挙三段、長側四段、八間五段下がりの草摺、からなる。左右大袖は七段下がり。厳島神社が所蔵する黒韋威胴丸(新羅三郎の鎧)と同形式で、製作された時代も同時期の室町時代と推定されている。当初は兜も付属していたとみられるが、現在は失われている。
ただし厳島神社所蔵の黒韋威胴丸は全て本小札仕立ての高級品であるのに対し、大歳神社所蔵の黒韋威胴丸は以下の点などで随所に省略が行われている。
- 長側を鉄札交わりの本小札の代わりに鉄伊予札製とする
- 左右脇板は用いない
- 胸板など金具廻りに張る染韋(そめかわ)周囲の飾り縁を取らない
- 草摺や袖の最下段を菱縫とせずに朱漆で描くのみ など
厳島神社の黒韋威胴丸と比較し、大歳神社所蔵の黒韋威胴丸はより普及型であった可能性があるという。
実際に常盤山八幡宮(島根県浜田市金城町波佐)伝来品の黒韋威胴丸は、大歳神社所蔵の黒韋威胴丸とは概ね同形であり、吉田郡山城(安芸高田市)や小倉山城跡(北広島町)など近隣遺跡からは、同様の鉄伊予札片が多数出土している。これら類似した甲冑が安芸国内から石見方面にかけて広く用いられていたことがうかがえる。
参考文献
- 戦国の庭歴史館 企画展「国宝太刀写し作成事業と甲冑」の解説パネル

戦国の庭歴史館 企画展「国宝太刀写し作成事業と甲冑」にて撮影

戦国の庭歴史館 企画展「国宝太刀写し作成事業と甲冑」にて撮影

戦国の庭歴史館 企画展「国宝太刀写し作成事業と甲冑」にて撮影

鍬形は厳島神社所蔵の黒韋威胴丸のそれと酷似しており、この地域での流行を示すものとされる。
戦国の庭歴史館 企画展「国宝太刀写し作成事業と甲冑」にて撮影