5.宝物・名品-02.武具
岡田山1号墳(島根県松江市大庭町)から出土した儀仗刀。鉄地に銀象嵌の施された装飾付大刀であり、刀身に「額田部臣」を意味する銘がある。6世紀後半のものと推定されている。
弥生時代の武器型青銅器。寛文五年(1665)に出雲大社の東方約200メートルにある命主社の背後の大石の下(真名井遺跡)から出土したと伝えられる。同じく弥生時代(紀元前2世紀〜紀元1世紀)のものとみられる翡翠の勾玉も一緒に出土している。
常盤山八幡宮(島根県浜田市金城町波佐)に伝来した胴丸。大歳神社(広島県安芸太田町戸河内)所蔵の黒韋威胴丸や、厳島神社所蔵の黒韋威胴丸(新羅三郎の鎧)と同様に、安芸国内で製作されたものと推定されている。
亀山八幡神社(広島県北広島町宮地)に所蔵されていた胴丸。奈良で製作された高級品と推定されている。江戸期の地誌『芸藩通志』には、栗栖権頭の武具として八幡宮(亀山八幡神社)に伝えられていたことがみえる。
広島県安芸太田町戸河内の大歳神社に所蔵されている胴丸甲冑。中世、戸河内を支配した栗栖氏が寄進したものと推定されている。製作時期は室町期とみられ、全て本小札仕立ての高級品に対する普及型であった可能性が指摘されている。
平安中期の陸奥国の刀工舞草房安が製作したとされる刀。畠山重保がこの刀で猫又を切り殺したとの伝承を持つ。室町期、石見国益田荘を本拠とした国人領主益田氏が足利義政より拝領したとして、家宝としていた。
源頼朝が御家人の伊東祐時(童名犬坊丸)に与えたとされる太刀。犬房太刀とも。平安末期から鎌倉初期にかけての古備前の刀工「成高」の銘がある。祐時の子孫を称する内田氏に伝わり、後に内田氏一族の豊田氏重代の太刀となった。戦国期、豊田氏が益田氏に服…
毛利家臣の益田元祥が所持していた刀。鎌倉末期から南北朝初期ごろに京都来派の刀工来国光によって作られた。もとは長寸の太刀であったが、天正末年頃に短く磨り上げて刀としている。
御調八幡宮(三原市八幡町宮内)に伝わる神宝。弥生時代中期(紀元前1世紀〜紀元1世紀)頃のものと推定される青銅製の戈であり、御調八幡宮北方の鉾ヶ峰から出土したものとされる。
甲斐源氏武田氏の祖である源義光(新羅三郎)から伝来したとされる鎧。ただし、14世紀末以降から15世紀初頭のものと推定されている。安芸武田氏の什物であり、同氏滅亡後は大内義隆によって厳島神社に寄進された。
安芸国の有力国人・毛利弘元が厳島神社に奉納した太刀。備前長船の刀工・国真の作。刀長106.6センチメートル。文献では野太刀と称される大太刀に該当する。
小早川隆景が厳島神社に寄進した太刀。「劔来太郎源国俊」の銘をもつ。刃長は74.6センチメートル。
備後一宮吉備津神社に伝えられた太刀。尾道で活動した刀工・五阿弥長行が制作し、天文二十四年(1555)に寄進された。毛抜形太刀と呼ばれる平安期の様式の模古作とみられ、舞楽の際に使用されたと考えられている。
イエス・キリストが磔刑になった際にキリストを刺したとされる槍。この槍を持っていたローマ兵士の名前から、ロンギヌスの槍とも呼ばれた。
神聖ローマ帝国の「帝国宝物」の一つ。穂先の鉄の刃には、縦の孔が穿たれ、そこに釘の形状をした金属が嵌め込まれている。これはキリストを十字架に打ち付ける際に用いられた釘(聖釘)の一つであるとされていた。時に聖マウリティウスの槍とも、コンスタン…
毛利家臣・児玉元良が所持していた脇差。元亀三年(1572)四月、元良から厳島神社に寄進された。 来歴 厳島神社の宝物 参考文献 来歴 児玉元良が厳島社家野坂房顕に宛てた寄進状によれば、元々は室町幕府管領・細川高国が所持していたものらしい。その後…
刀長70.8センチメートルの太刀。新鬚切との号が伝わる。吉川元春の子、元資(後の元長)から厳島神社に寄進された。 備中国青江派包次の名刀 厳島神社の宝物 参考文献 備中国青江派包次の名刀 銘は「包次」。包次は鎌倉初期(13世紀前半)、備中国青江…