戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

2024-11-01から1ヶ月間の記事一覧

中村 元明 なかむら もとあき

毛利家臣。官途名は宮内少輔。毛利氏の重臣の一人であり、大永三年(1523)七月二十六日、毛利元就の家督相続を要請する連署状に名を連ねた。由緒書によれば、中村氏は安芸武田氏に属する土師(安芸高田市八千代町土師)の領主だったが、元明は兄繁勝を…

大山住 宗重 おおやまじゅう むねしげ

安芸国大山を拠点とした刀工。大山鍛冶は筑前の左文字派出身の守安を初代とする。宗重は15世紀中頃の応永・康正年間から16世紀末の文禄年間まで活動が確認されており、同名の人物が3〜4代続いたと考えられている。

羊(日本) ひつじ

日本には古くから羊が持ち込まれていたが、家畜として利用されることは少なかった。江戸期では、公家など一部の日本人が飼育していたほか、長崎出島のオランダ商館で放し飼いにされていたことが記録にみえる。特に長崎では、来航する中国人やオランダ人によ…

羊羹 ようかん

小豆と小麦粉または葛粉と混ぜたものを蒸して作られたお菓子。いわゆる蒸し羊羹に近いものだったといわれる。室町期ごろから、点心の一つとしてみえ、御成・饗応の席などでしばしばお菓子として用いられた。

山羊(肥前) やぎ

16世紀末の日本ではヤギは、野牛(ヤギウ)と呼ばれていた。来航するヨーロッパ人の需要に応じて、肥前の平戸や長崎では販売が行われるようになったとみられる。江戸期、長崎周辺ではヤギが飼育され市販されており、長崎の住人にもヤギ料理が普及していた。

豚肉(肥前) ぶたにく

日本では猪と豚を明確に区別しておらず、豚を食べることも少なかったという。そんな中、16世紀にポルトガルなどヨーロッパ人が来航したことを契機に、平戸や長崎では豚肉を食べる文化が普及。江戸時代においても、長崎ではオランダや中国の影響を受けて豚…

燕巣 えんず

アナツバメ(海燕)の巣。アナツバメの分泌物で作られている。ベトナム中部沖のチャム諸島(クーラオチャム)などの海島で採取された。高級食材として知られ、少なくとも江戸初期までには日本にも輸入されていた。

周防鯖 すおうさば

周防国で漁獲された鯖。平安期には周防国からの貢納品に指定されており、中世には「周防鯖」として全国の特産品の一つに挙げられている。その背腸で作られる塩辛も、長門・周防両国の産物として知られた。

ニツハ酒 につはしゅ

南蛮から渡来した酒の一種。文禄五年(1596)七月、藤原惺窩が大隅国波見で中国人商人から振舞われている。江戸期の本草書には、焼酒を二次的蒸留した酒であると紹介されている。暹羅酒(シャム王国の酒)のことを指す名称ともされる。

福光 兼修 ふくみつ かねなが

邇摩郡福光郷の国人領主福光氏の一族。官途名は将監。永正十四年(1517)七月二十三日、京都の中御門宣胤のもとを訪れ、石見への下国を告げている。

福光 久兼 ふくみつ ひさかね

邇摩郡福光郷の国人である福光氏の一族。官途名は民部丞。天文末年頃、山吹城での軍役や長門国での社役がおぼつかない窮状に陥る。石見吉川氏の合力で公役を果たし、その「御礼」として領地を譲っている。

福光湊 ふくみつみなと

石見国邇摩郡の福光川河口の港町。現在の大田市温泉津町福光字湊。邇摩郡福光郷の内にあり、同時代史料には「湊」としてみえる。16世紀後半、石見国人である周布氏や石見吉川氏が進出した。

松浦 正重 まつら まさしげ

石見国温泉郷を本拠とした国人温泉氏の被官。官途名は源左衛門尉。出雲尼子氏からも「海陸諸役」の免除特権を与えられ、海上活動を通じて主家に馳走した。鉄炮や鉛、火薬も保有しており、軍事面でも活躍している。

弁才船 べざいせん

江戸期の日本で使われた中型の廻船。船首が太い一本水押(みよし)であり、他の廻船と比べて凌波性に優れたといわれる。17世紀後半から帆走船化等がはかられた結果、少ない水主で運用できるようになった。18世紀には大型化し、江戸期日本の海運における…

関船 せきぶね

日本で用いられた中型の軍用船。元は海賊船を意味する名称であったともされる。機動力に優れ、海関(多くは海賊の拠点)周辺において航行する他の船舶から通行料を徴収するのに適していた。江戸期、幕府が大型軍船の所有を禁止したため、諸大名の代表的な軍…