炒り大麦粉。焦がし大麦。水に溶かして飲まれることも多かった。解熱の効能があるとされ、中世イスラームの医学者によって熱病や夏季対策に推奨された。16世紀のエジプトのカイロでは、サウィークを溶かした飲料が最も日常に飲まれている滋養飲料であったという。
ガレノスの医学理論
アッバース朝では9世紀からイスラーム医学理論に基づく食養生法が実践されていた。この医学は、古代ギリシャ医学理論、特に2世紀アレクサンドリアの医師ガレノスの理論を踏襲し発展させたものであった。ガレノスの提唱した医学理論は、あらゆる生物(人間・動物・植物)には「熱」・「冷」・「乾」・「湿」の四つの要因の組み合わせに由来する固有の「性質」があるという基本原理に基づいていた。そして「熱」・「冷」・「乾」・「湿」の四要素がバランスのとれた状態、すなわち中庸になれば、完全で理想的な健康状態が生まれるとされた。
ガレノスは、大麦を「冷・乾」とし、「小麦より栄養価の低い」穀物であると評価。大麦には利尿・下剤・解熱の薬効がある一方で、「胃腸内にガスを生じさせる」という鼓腸(腹部膨隆)の有害作用があるとした。
そして大麦食品として、大麦パンと炒り大麦粉、そして大麦スープ(大麦水)の三つを取り上げ、特性を説明。 炒り大麦粉については、性質は「明白に乾」と定めているが、これ以外に医学的見解は示していない。入浴前や夏場にワインとともに飲用することが都市民の習慣であったことを伝えている。
預言者の食べ物
サウィークはヒジャーズ地域(アラビア半島紅海沿岸地域)のオアシス都市メッカ周辺でも食べられていたらしい。9世紀のハディース学者ブハーリーが編纂したハディースの「食物の書」には、預言者ムハンマドが食べた食物の一つとしてサウィークがみえる。
14世紀の旅行家イブン・バットゥータもサウィークにまつわる預言者のエピソードを記している。1326年(嘉暦元年)、メディナからメッカに向かっていたバットゥータは途中で「サウィークの隘路」(アカバ・アッサウィーク)と呼ばれる場所を通過。伝承によると、かつて預言者ムハンマドとその一行はこの隘路で食糧が尽き、預言者が砂をすくい上げて一同に与えたところ、食べてみるとサウィークの味がしたとされる*1。
10世紀の地理学者で各地を遍歴したムカダッスィーは下記のような記録を残している。
私はハリーサ(肉入り小麦粥)をスーフィーたちと食べ、サリード(パン粥)を修道士たちと、アシーダ(小麦粉とバターと蜂蜜の粥)を漁師たちと食べた。マッカでは、公共泉からの(水で)サウィーク(炒り大麦粉)を(溶かし)飲み、修道院ではパンとヒヨコ豆を食べた。
解熱効果のある食品
前述のように、アッバース朝ではガレノスの理論を踏襲したイスラーム医学理論に基づく食養生法が実践されていた。その中では、単品では身体に不適切と判断された食品を、他食品と一緒に摂ることで利用可能とする方策も提示されている*2。
大麦パンとサウィーク(炒り大麦粉)は、各単品が「体を冷やしたり、腸内にガスを生み出す」ため、体質や体調によっては、有害であるとされた。一方で、9世紀の医師アル・ラーズィーは、サウィークの効能を「夏に早朝に飲めば、熱や熱性の病を免れる」とし、最良の食べ方は「水で茹で、布に開けて水気を絞り、団子の形にし、砂糖と冷水で飲めば、ガスを生む力が軽減され消化も早い」としている。
10世紀のホラーサーン(イラン東部)地域出身で地理学者でもある医学者バルヒーも、夏の旅行食として炒り大麦粉を推奨。すなわち専章「暑さが旅行者に与える害とそれへの警戒」において、「解熱食品類、たとえば炒り大麦粉、冷水、バラ砂糖ジャム、大麦水、粉大麦粥などを摂るように」と述べている。
カイロの滋養飲料
1581年(天正九年)から3年間エジプトのカイロに滞在したヴェネツィアの医師プロスペロ・アルピーニは、カイロでは「サウィーク」(ラテン語転写savich)という名の大麦飲料水が常飲されていたと述べている。アルピーニによれば、「サウィークとは、大麦で作られ、最も日常に飲まれている滋養飲料」であり、「熱を帯びた人に滋養を与える」ものであった。
アルピーニはその製法を以下のように記している。
炒った大麦粉をバラ水に溶かす。そしてたっぷりの水で煮る。多くの人々は、そこにアーモンド粉を一緒に入れる
16世紀後半のカイロにおいて、サウィークは都市の嗜好飲料かつ熱冷まし飲料であったことがうかがえる。
なおエジプトでは、年間で病気が多発する時期が、晩秋から初冬であることはよく知られていた*3。14世紀の歴史家マクリーズィーも、ヒジュラ暦727年ムハッラム月(西暦1326年12月)のカイロの出来事として、原因不明の熱病が大流行し、香辛商と吸い玉瀉血の施術者が儲かったことを記録している。
参考文献
- 尾崎貴久子 「中世イスラーム世界の大麦と大麦食品」(『オリエント』58 2016)
- イブン・バットゥータ 著、イブン・ジュザイイ 編、家島彦一 訳 『大旅行記2』 平凡社 1997