戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

クスクス Kuskus

 マグリブ地域*1で作られた粒状のパスタ。マグリブにはクスクス以外にもいくつかの種類のパスタがあったが、クスクスが最もよく食べられたパスタであったと推定されている。13世紀には東方のマシュリク地域*2にも伝播した。

マグリブ・アンダルス地域のパスタ

 13世紀のマグリブで編纂された料理書『美味な食品と料理における食卓の秀逸』(以下、『食卓の秀逸』)には5種類のパスタが記載されている。クスクスはその一つであり、「蟻の頭の形」と形容される。他の4種類のうちフィダーシュ、ムハッマス、サバージンはクスクスと同様の粒状のパスタ、タルティーンは小四角形のパスタであったとみられる。

 一方、著者不詳の『ムワッヒド朝期の料理書』ではフィダーシュは3種類あるとされ、「小麦粒のような細長いもの、コリアンダー種のような丸いもの、紙のごとく薄いもの」としている。この『ムワッヒド朝期の料理書』のフィダーシュ3種は、それぞれ『食卓の秀逸』のフィダーシュ、ムハッマス、タルティーンに比定されている。

 このことから、パスタの名前はマグリブの各地域ごとに異なっていたと考えられている。

 なお『食卓の秀逸』では、サバージン料理について「ひよこ豆大のパスタをスープで煮込み、粉チーズをかけて食べる」とし、「アンダルスの人間はザバージンとよび、敵の人間(キリスト教徒)はバルークスとよぶ」と説明している。パスタ料理はアンダルスのキリスト教徒も食べていたことともに、彼らは同じパスタ料理にムスリムと異なる名前を使っていたことが分かる。

クスクスの調理方法

 粒パスタであるクスクスは、セモリナ粉に水をまぶしつつ両手で混ぜ、ふるいを使って粉にして作られた。一方でフィダーシュとムハッマスは、セモリナ粉を練り上げ、2本の指で一粒づつ作られた。タルティーンの作り方は「できるだけ練り粉を薄く延ばし、指の幅2本分の長さの四角形にナイフで切る」ものだった(『食卓の秀逸』)。全てのパスタは最後に天日に干された。

 調理は2通りの方法があった。一つは、2段重ねの鍋を使い、上の鍋にクスクスを、下の鍋にスープ類をいれ、スープの蒸気でクスクスを蒸し上げる方法。もう一つは、スープをクスクスに直接かけ、クスクスに水分を吸収させる方法であった。クスクスは肉入りスープかヨーグルトをかけて食べられた。

 クスクスは『食卓の秀逸』に5種類、『ムワッヒド朝期の料理書』に2種類の調理法があることから、マグリブで最もよく食べられたパスタであったと推定されている。なかでも『ムワッヒド朝期の料理書』にみえるクスクス・フィトゥヤーニ―という料理は、「マラケシュのすべての人々が知っている汁かけクスクス」とされており、日常的に食べられた料理だったことがうかがえる。

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東方への伝播

 クスクスとその料理は、マグリブのみならず東方のマシュリク(エジプト以東の東アラブ地域)にも伝播した。アイユーブ朝末期の13世紀に成立した『美味しい料理と香
料の説明に関する友との絆』(以下、『友人との絆』)に2種類、14世紀のマムルーク朝期に編纂された『日常食物誌』に1種類、16世紀の『美味なる庭園の花』に1種類のクスクス料理がある。

 なおマグリブの『食卓の秀逸』と『ムワッヒド朝期の料理書』では、クスクスはハリーサなど小麦粉の煮込み料理のカテゴリーに入っているが、『友人との絆』ではレンズ豆料理の次に記され、『日常食物誌』では油脂で焼いた肉料理カテゴリーに、また『庭園の花』では米料理の次に記載されている。このことから、マシュリクの3料理書の編者は、実際にマシュリクで見聞したクスクス料理の情報を、自分の見解にもとづいて料理書に配したと考えられるという。

 クスクスはマシュリクに移り住んだマグリブ・アンダルス出身者によって、現地で作り食べられるようになったと推定されている。15世紀末、アンダルスのマラガ出身の法官イブン・アル・アズラクはエジプトを訪れて同地で没するが、故郷の食べ物をなつかしみながら詠った詩のなかにクスクスがみえる。

 マシュリクでのクスクスの食べ方について、15世紀の医学者アル・アンターキーは以下のように述べている。

サムナのようなもので粉を湿らせ、粒にする。そして熱湯をかける。次に肉スープに浸して食べる。

 また16世紀の法学者アル・ダフラマーウィ―は、自己の食見聞を綴った『飲食品の美味しさについての精神の散策』のなかで、クスクスを市場の食べ物のひとつに挙げている。そして以下のようにクスクスを賞賛する。

サムナとクスクスを口いっぱいにして食べる。喉をとおるそれらは、私の心に喜びを与え続ける。

 この記録から、クスクスはスーク(市場)の食べ物として都市民に知られていたことがうかがえる。

参考文献

  • 尾崎貴久子 「中世イスラーム世界のパスタ」(『オリエント』42 1999)

クスクス from 写真AC

ロッコ クスクス from 写真AC

*1:エジプトより西の地域。北アフリカ沿岸地域。

*2:エジプト以東の東アラブ地域を指す。