戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

2020-05-11から1日間の記事一覧

楠見 善左衛門尉 くすみ ぜんざえもんのじょう

伊豆国口野郷の港町・江浦の問屋商人。戦国期、駿河東部の国人領主・葛山氏のもとで、江浦の支配にも関わった。弘治三年(1557)三月二十四日付の葛山氏元判物の宛先に、その名がみえる。

橘屋 又三郎 たちばなや またさぶろう

堺の貿易商人。鋳物師。種子島より鉄砲の技術を堺に持ち帰ったといわれる。

三井 元助 みつい もとすけ

長門国阿武郡大井浦の船頭。弥左衛門尉。大内氏に協力し、船の通行料免除等の優遇を受けた。

練酒 ねりざけ

中世以降、博多で製造された酒。江戸期の儒学者・貝原益軒は『筑前国続風土記』の中で、「その色、練絹の如くなるゆえ練酒(ねりざけ)と称す。昔よりありて久しき名産なるべし」としている。

カンボジア絣 かんぼじあ かすり

カンボジアは、インドシナ半島のなかでも優れた染織文化を有していた。特に非常に繊細な絹の絣は、その色の美しさや括り技術の精緻さでアジアの絣のなかでも群を抜いているという。

山査 さんさ

16世紀末、朝鮮の役で明朝に降った日本兵の一人。剣術に通じ、明朝の京営(京師在駐の禁軍組織)で剣術の教師となった。

佐々木 刑部助 ささき ぎょうぶのすけ

紀伊国西部の紀之湊(雑賀荘湊地域)の廻船商人。関東との交易を行った。

薩摩屋 宗忻 さつまや そうきん

和泉堺の町衆。「薩摩屋」という屋号から、同じ屋号を持つ茶人・山上宗二の一族である可能性がある。

握郎烏丕沙哥

カンボジア商船の船主。天正七年(1579)に日本に来航した。カンボジア王が大友宗麟に派遣した使節団を伴い豊後を目指していたが、薩摩に漂着して島津氏に抑留された。

ジョルジェ・アルヴァレス じょるじぇ あるばれす

ポルトガルの貿易商人兼船長。16世紀の前~中期頃に東アジアで活躍した。イエズス会宣教師ザビエルと深い信頼関係にあった人物であり、ザビエルの日本や中国での布教を援助した。

パブロ(マニラ) Pablo

1570年(元亀元年)、ルソン島のマニラに在住していた日本人キリシタン。スペイン人のマニラ占領の際、現地のムスリムとともに抵抗したという。