戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

けさちいな

  ポルトガルから伝来した南蛮菓子の一つ。17世紀に成立した『南蛮料理書』にその名が見える。原型はポルトガルのチーズ菓子ケイジャーダとみられる。ケイジャーダは大まかにいうと、チーズの餡を小麦粉の生地に包んで焼いた菓子。リスボン近郊の都市シントラでは13世紀から作られていたという。

レシピ

 『南蛮料理書』によれば、けさちいなの餡には「たまこのあかみ(の黄身)」「こむきのこ(小麦粉)」「砂糖」が用いられていることから、チーズ抜きのケイジャーダに近いものであったといわれる。皮は「麦の子」を「うすくのへ、まるくきり、此あんをいれ、つつみ」と円形にして餡を包んでいたことが分かる。

  けさちいなもカステラなどと同じく、来日したポルトガル人らによって日本に伝来した南蛮菓子の一つと思われる。当時の日本ではチーズが貴重なものであった為、チーズを用いないレシピとなったのだろう。

 享保三年(1718)出版の『古今御前菓子秘伝抄』(日本初の菓子専門書)には「けさいな餅」のレシピが記載されており、茹でた「ぼうぶら(カボチャ)」と砂糖から餡を作ることが紹介されている。餡にチーズを用いる本場のケイジャーダに対し、チーズをカボチャで代用する方法が考案されていることが分かる。

長崎土産の南蛮菓子

 享保五年(1720)に長崎の町人、西川如見が著した『長崎夜話草』によれば、長崎土産の南蛮菓子としてケイジャーダの系譜を引くとみられる「ケジヤアド」が「カステラボウル」や「コンペイト」「タマゴソウメン」などとともに売られていた。

長崎から佐賀に

 肥前佐賀の菓子商、鶴屋に伝わる『菓子仕方控覚』(宝暦五年(1755)頃)にもケイジャーダがもとになったとみられる「けし跡」「芥子あど」のレシピがある。餡は「けさいな餠」とほぼ同じで、カボチャと白砂糖を材料として作られる。

  一方で皮については『南蛮料理書』や『古今御前菓子秘伝抄』が餡を包むとしか書いていないのに対して、皮で下半分を包み、上半分には皮を延ばして花形などに加工した飾りをつけるとしている。皮の作り方についても小麦粉、砂糖だけでなくゴマ油が用いられている。長崎に伝来した南蛮菓子と中華菓子の製法の融合をここにみることができる。

参考文献

  • 八百啓介 『砂糖の通った道―菓子から見た社会史』 弦書房 2011