戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

大砲(スウェーデン) たいほう

 ヨーロッパ北部の大国、スウェーデンで製造された大砲。17世紀以降、隆盛をきわめ、オランダをはじめとする各国に輸出された。

火器生産の始まり

 スウェーデンは良質の銅、錫、鉄鉱石、広大な森林、水量豊かな河川など、大砲等の生産に必要な鉱物資源や自然条件に恵まれていた。同国では中世の頃から製鉄業が積極的に展開され、1520年代には火器生産のための製造業が興った。スウェーデン王室も大砲製造に前向きで、ストックホルムに王立大砲鋳造工場を設けて外国人技術者を雇用して、火器生産水準の向上を図った。

  大砲生産に必要な鉱物資源と、王室による積極的な保護・支援策を背景に、スウェーデンは17世紀までに大砲を中心とするヨーロッパ第一の兵器産業国の地位を確立した。スウェーデンが大砲国家となった要因としては、17世紀に入りオランダとの取引が活発化したことや、ドイツの三十年戦争(1618~1648)と関連した大砲需要が増大したことも挙げられる。

スウェーデンの生産量

 またストックホルム以外のスウェーデン各地においても大砲製造は活発に行われておりフィンスポングという地方では、1642~48年の七年間で、鋳鉄砲*1を3,264トンも製造。この数量は同時期のスペイン、ロシア、フランス三国を合わせた生産量にほぼ等しいという。当時のスウェーデンにおける大砲製造の定着と大砲鋳造レベルの高さがうかがえる。

オランダへの輸出

 17世紀、スウェーデンの大砲の多くは、新興の経済大国オランダに輸出された。当時のオランダはバルト海地方での穀物貿易の為にスウェーデンとの取引を活発化させていた。両国間の大砲取引の事例をみると、元和元年(1615)にオランダは400門の鋳鉄砲をスウェーデンに発注。元和六年(1620)には、トリップ商会のエリアス・トリップがスウェーデンで大砲を買い付けてオランダに送っている。同年、アムステルダムスウェーデン製の大砲の売れ行きが順調であるとの報告が行われている。

 次にスウェーデンからオランダへの鋳鉄砲の年間輸出量をみると、寛永三年(1626)は22トン。1637~40年の年間輸出量は780トン。1641~44年は年間940トン。1645~47年は年間1,100トン。また年間1100トンの輸出量は、1655~62年にかけても記録されている。こうした取引量からも、スウェーデンの大砲産業は、1650年頃には年間1,500~1,600トンもの鋳鉄砲の生産が可能な状況にあったとの推測がされている。*2

参考文献

*1:鋳鉄砲:鋳込み技術が困難で発射時に砲身が破損しやすい。反面、鋳銅砲よりも製造コストが安価。

*2:同じ頃のイギリスの年間製造量は1000トン未満。このイギリスとスウェーデンの二国が当時の最重要大砲生産国だった。