戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

2021-05-08から1日間の記事一覧

宗像 興氏 むなかた おきうじ

宗像社大宮司。氏定の子。照葉の父。宗像正氏(黒川隆尚)の養父。妻は陶興房の娘。周防大内氏の後援を受けながら、一族の氏佐と大宮司職をめぐって激しく争った。

蠣崎 基広 かきざき もとひろ

蠣崎氏の一族。当主である蠣崎義広の弟・高広の養子。蠣崎氏の重要拠点・上ノ国の城番。義広の死後、跡をめぐり季広と争った。

タナサカシ たなさかし

アイヌの首長。享禄二年(1529)、瀬田内(現在の久遠郡せたな町)で蜂起し、上之国を攻めた。

ドミンゴ・ロペス どみんご ろぺす

1612年(慶長十七年)、スペインに在住していた日本人。スペインのインディアス文書館に所蔵されている「日本出身ドミンゴ・ロペスによるフィリピン諸島帰還許可請願書」にその足跡の一端をみることができる。

トメ・ピレス Tomé Pires

ポルトガル出身の薬種商。同国のインド・東南アジアの商館員。ポルトガル初の中国使節の大使として、また『東方諸国記』の著者として知られる。

李 王乞 り おうきつ

中国漳州の海商。16世紀中頃、銀を求めて日本に向かったが、途中で朝鮮軍に拿捕された。

新四郎 しんしろう

武蔵神奈河の鍛冶。年未詳(天正年間?)十二月の北条氏規朱印状の宛所として「神奈河 鍛冶新四郎」がみえる。

山口 越後守 やまぐち えちごのかみ

武蔵金沢の商人。山口氏は15世紀中末期あたりから史料上にみえる金沢の有力商人であり、越後守もまた江戸湾水運に深く関わった。

岸和田 きしのわだ

岸和田流の創始者とされる炮術師。元来は薩摩出身の商人であったという。

狩野 玉楽 かのう ぎょくらく

相模小田原の絵師。小田原狩野派の一人。その画風は、室町幕府や朝廷の御用を受けて中央で活躍した絵師・狩野元信の周辺で学んだことを思わせる正系のものだという。

山田 二郎左衛門 やまだ じろうさえもん

相模小田原の鋳物師。 小田原の新宿に居を構え、北条氏から棟梁にも任じられた有力者。天文三年(1534)に、初代の二郎左衛門が、河内狭山(大阪府大阪狭山市)より移ってきたと伝えられる。

賀藤 かとう

小田原の問屋商人。永禄年間から天正年間にかけて、北条氏の城下町・小田原の宮前下町の奉行をつとめた。

紙屋 甚六 かみや じんろく

相模小田原の紙商人。大和国奈良興福寺の多聞院英俊の日記である『多聞院日記』にその名がみえる。

宇野 定治 うの さだはる

北条家臣。藤右衛門尉。家治の父。京都外郎家の出身。北条氏の京都での外交を担った。北条領国では河越の今成郷の代官を務めた。