戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

2020-12-31から1日間の記事一覧

八浜 はちはま

中世は独立した島嶼であった備前国児島の北岸に位置する港町。旭川などを通じて運ばれる美作や備前の産品の輸送基地を担って栄えた。

日比 ひび

中世には独立した島嶼であった児島南岸の港町。地域の水運の拠点を担った。対岸の讃岐との海峡部に臨む瀬戸内海航路の要衝という地勢条件から、航行船舶から礼銭を徴収する「関」(海賊)の根拠地でもあった。

笠岡 かさおか

神島や片島、横島によって守られた波静かな笠岡湾の、最奥に位置する港町。備中国の西端、備後国との国境のすぐ近くに位置する。南には備讃瀬戸の関門であると同時に塩飽にも通じる笠岡諸島があるなど、海陸の要衝だったとみられる。

賀露 かろ

鳥取平野の中央部を南北に流れる千代川河口部の港町。現在の鳥取県鳥取市賀露町。古代以来、因幡国の海上交通・流通の要衝にあった。

西郷 さいごう

隠岐諸島の島後にあり、隠岐国の国府、守護所に直属した港町。隠岐国の水運の中心を占めたと思われる。

倉吉 くらよし

伯耆国東部、天神川と小鴨川の合流点付近の打吹山北麓に位置する市場町。陸上・河川交通の要衝として、また伯耆守護・山名氏の本拠としても栄えた。

橋津 はしづ

伯耆国東部、潟湖である東郷池・橋津川の河口部に位置した港町。中世、東郷池水系周辺や天神川流域(当時は橋津川河口部に合流していた)などの後背地域と、日本海航路を結節する物資集散地であったとみられる。

東城 とうじょう

備後北部、東城盆地に位置した市町。山陰と山陽・瀬戸内海を結ぶ街道や、備中へ至る街道が通る交通の要衝であり、中世には備後の国人・宮氏の重要拠点となった。

地毘本郷 じびほんごう

備後国北部の恵蘇郡のほぼ全域を占めた荘園・地毘荘の中心地。中世、備後の有力国人・山内(首藤)氏の本拠として栄えた。

志和地 しわち

備後北部、板木川と合流する可愛川東岸に形成された市町。国人・三吉氏の領国西南部の要衝であり、同氏はここに支城、八幡山城を築いて経営の拠点とした。

美保関 みほのせき

正面に中国地方最大の伯耆大山を臨む島根半島東端に位置する港町。中海と日本海、隠岐海域など複数の海域を結節する要衝を占めた。中世、小浜に次ぐ西日本海航路の重要中継港であり、重要な海関でもあった。

馬潟 まかた

中海と宍道湖をつなぐ朝酌川の南岸に位置する港町。中世、「水海」(中海・宍道湖)水運の要港として栄えた。

宇龍 うりゅう

島根半島西端部に位置する港町。中世、杵築社領十二郷七浦の一つ。戦国期、雲州鉄の積出港として各地からの船が来航した。なお奈良期に編纂された『出雲国風土記』に「宇礼保の浦、広さ七十八歩なり。船廿ばかり泊つべし」とみえる。古代から良港として知ら…