戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

シャラーブ sharāb

 砂糖や果汁を原料とした甘味飲料。アラビア語で"飲み物"を意味する*1。薬用としての側面があり、イスラーム医学書に製法が記されている。東アジアにも伝播して普及した。中国の文献には「舎里八」や「攝里白」「砂哩別」などとしてみえる。

イスラーム世界の甘味飲料

 酒が禁止されているイスラーム社会では、甘い飲み物は、宴会や祭りで定番の飲料であり、市場で販売される商品でもあった。味は多種類があり、レモン味やブドウ味、スイカ味などが人々に好まれた。

 また甘味飲料であるシャラーブは、内服薬としても利用された。すなわちスパイス類を混ぜ入れた砂糖シロップ剤であり、これらは、市場でスパイス類を販売する香薬商のもので買うことができた。

 たとえば「のどの痛みのためのシャラーブ」、「消化不良のためのシャラーブ」、「肺の痛みのためのシャラーブ」などがあった。それらシロップ剤には、各症状の改善に効果のあるスパイス類が混ぜ込まれていた。

 イスラーム医学では、シロップ剤のほかに、散剤、錠剤、舐剤も使われたが、もっとも普及していたのはシロップ剤だった。症状別のシャラーブの製法の種類は大変豊富で、製法を集めた『飲料の書』というものが、医学者によって数多く書かれたという。

 たとえば、13世紀にマムルーク朝第5代スルタン・バイバルスに仕えた医師イブン・アルクッフが編纂した『健康維持と病気予防策集成』には、子供・少年・成人・老人などの健康維持を論じた後、肉・魚・卵・牛乳・穀物・甘味料・果物・飲み物などの性質を詳しく解説している。

 この中でイブン・アルクッフは、健康維持のための飲み物の一つとして「レモンとマルメロのシャラーブ」の効能とレシピを記している。

冷たい胃を強化し、しつこい痰を切り、また他の病気にも効く。

処方箋:洗浄した良質のマルメロ(サファルジャル)水と塩気のない良質のレモン(ライムーン)水をあわせて3ウーキーヤ(12グラム)準備し、1ラトル(300グラム)の砂糖からゴミを取り除いてシロップをつくる。前述の2種類の水とシロップを混ぜ、火にかける。これにマルメロを細かく切っていれ、煮たってきたら火からおろす。

千夜一夜物語』にみるシャラーブ

 15〜16世紀頃までに現在の形にまとめられたイスラーム世界の説話集『千夜一夜物語』(アルフ・ライラ・ワ・ライラ)にも、いくつかのシャラーブが登場する。

 このうち、「精製した砂糖をつかったシャラーブ」は、「狂恋の奴隷ガーニム・イブン・アイユーブの物語」の中では疲れを取るために飲むことが記されている。また「アラー・アッディーン・アブーッ・シャーマートの物語」の中では、子種を濃くする薬を舐めた後に飲むことがすすめられている。いずれも疲労回復や病気療養など健康を目的としていることがうかがえる。

 また「オマル・ブヌ・アン・ヌウマーン王とそのふたりの御子の物語」でも、シャラーブが内服薬として用いられた事例をみることができる。すなわち、エルサレムで行き倒れていた王子ダウール・マカーンを自宅につれてきた親切な浴場の火夫は、その妻と力を合わせて看病するが、以下のように病人のために市場でシャラーブを購入している。

市場(スーク)に出かけて薔薇水やシャラーブなどを買って帰り、薔薇水を病人の顔にふりかけ、シャラーブを飲ませたりしました。

 またシャラーブの市場での価格がうかがえる記述もある。

この火夫は公共浴場で働いて、1日に5ディルハムを稼ぎ、毎日、病人のために1ディルハムを出して砂糖だとか、薔薇水だとか、すみれのシャラーブだとか、柳花水などを買い、もう1ディルハムで若鶏を買ってくるのでした。

 『千夜一夜物語』では上記以外にも、薔薇水や麝香などを加えたシャラーブがみえる。饗宴・食事や入浴の後などに飲んでいる事例が多い。

東アジアへの伝播

 シャラーブは宋代には中国に伝播していたらしい。1147年(久安三年)、南宋の孟元老が北宋の首都汴京(開封)を回想した『東京夢華録』には、「州橋の夜市」の章において、夏月(夏の季節)に砂糖氷雪(氷入り砂糖飲料)などが街で売られていたとある。この砂糖飲料はシャラーブであったと考えられている。

 その後、元朝の文宗トク・テムルの至順年間(1330〜1332)に編纂された地誌『至順鎮江志』巻9に引用された碑文に「舎里八」(シャラーブ)作りを職とした人物の事跡がみえる。この碑文は鎮江府の副達魯花赤(副長官)だった馬薛里吉思(マール・サルギス)が、大興国寺というネストリウス派キリスト教の会堂を建てたことを記したものだった。

薛迷思賢(サマルカンド)は中原から西北へ十万里の所にあり、也里可温教(ネストリウス派キリスト教)が行われている。(中略)公(馬薛里吉思)の大父(祖父)可里吉思(ゲオルギス)も、父滅里も、外祖(母方の祖父)撤必(サビ)もみな大医だった。

太祖皇帝(チンギス・カン)が(1220年に)初めて其地を得たとき、太子也可那延(第四王子トルイ)が病んだ。公の外祖は舎里八を進め、馬里哈昔牙徒衆は祈祷し、始めて癒えた。(その功をもって)御位(チンギス・カン御用)の舎里八赤(シャラーブ係)に充てられ、也里可温答剌罕(ネストリウス派キリスト教団団長)に処せられた。

至元五年(1268)世祖皇帝(クビライ、トルイの第二子)が公(馬薛里吉思)を召した。駅を馳せ、舎里八(シャラーブ)を進めたところ、褒賞甚だ侈かった。

舎里八は諸香果を煎じ、蜜を調え、和して成る。舎里八赤とは職名なり。公、世々其法に精しく、且つ験なり。特に金牌(パイザ)を降し、以て専職とする。

(至元)九年(1272)、賽典赤(サイイド・アジャッル)とともに雲南に往く。(至元)十二年(1275)、閩浙(浙江・福建)に往く。皆、舎里八を造る為だった。

 チンギス・カンのホラズム遠征途中で、中央アジアサマルカンド在住の医師撤必が、チンギス・カンの四男トルイの病気を舎里八(シャラーブ)によって癒したという。ここでもシャラーブに薬用の側面があったことがうかがえる。

 一方で『至順鎮江志』では、「舎里八は諸香果を煎じ、蜜を調え」とあることから、砂糖の甘味の代わりに蜂蜜が用いられたこともわかる。1270年代当時、中国では白い砂糖が安定して供給できなかったことが背景にあると考えられている*2

 なお馬薛里吉思(マール・サルギス)は、鎮江府の副達魯花赤(副長官)を退任したのちもシャラーブを製造していた。『至順鎮江志』巻6土貢類に、「今、舎里別四十瓶を貢す。前本路副達魯花赤・馬薛里吉思、自ら葡萄・木瓜・香橙等の物を備えて煎造す。官船を給して入貢せしむ」とある。

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 元朝の時代、鎮江府だけでなく、福建の泉州・広州でもシャラーブが作られていたという。『続文献通考』巻28土貢考に「泉州路の貢物は砂哩別(シャラーブ)、金桜煎及び金桜子一十石」とある。泉州は宋元時代に西方から多数のアラブ人やペルシア人が来住していたことが知られる。

 また明朝の時代に編纂された『永楽大典』には、1299年(正安元年)の泉州路煎糖官はレモンを用いて舎里八(シャラーブ)を製造する旨が記述されている。レモンは元朝時代の中国南部ですでに栽培が開始されており、「中国産のレモンシャラーブ」は13世紀後半には、イルハン朝の宰相に届けられたことがあったという。

中国の料理書のレシピ

 14世紀、中国の料理書にシャラーブの製法がみえる。この頃には、砂糖の生産が少し増加していたらしく、レシピでも砂糖と蜂蜜の使用が混在している。

 元朝の文宗トク・テムルのために忽思慧が編纂した食療書『飲膳正要』には、「諸般湯煎(諸種の薬湯類の意)」の項に「五味子舎児別」(五味子*3のシャラーブ)がみえる。作り方は、種子を取り除いた新しい北五味10斤を水に浸して汁を取り、精製した白砂糖8斤とともに一緒に煎じる、というものだった。

 同じく元朝時代の中国で編纂されたの家庭百科全書『居家必用事類』には、「渇水」という種類の飲料7種類の作り方が紹介されている。第一行目に「渇水番名攝里白」とあり、渇水の外国語名が「攝里白」(シャラーブ)であることが示されている。

 『居家必用事類』に挙げられた渇水7種類は、御方渇水*4、林檎渇水*5、揚梅渇水*6木瓜渇水*7、五味渇水*8、葡萄渇水*9、香糖渇水であった。このうち、香糖渇水の作り方は以下のように記されている。

上等の鬆糖(砕いた砂糖)を一斤(約167.3g)、水を一皿半、藿香の葉を半銭(約1.8g)、甘松一塊、生姜の大(大きい塊)十片を一緒に煎じる。
熟したものを濾して浄め、磁器に盛り、麝香を一塊(大きさは緑豆ほど)、白檀末半両を入れる。
夏月は氷水のうちに沉めて之を用いると極めて香美である。

 この作り方はイスラーム世界のシャラーブと同じものであった。夏のシャラーブに麝香や白檀をいれることは、中世アラビア語医学者たちも薦めているという。また14世紀末の漢語イスラーム医学書『回回薬方』にも「雑證門」(諸症状部門)の項に7種類の「舎刺必」(シャラーブ)がある。

 さらにシャラーブは朝鮮半島にも伝播していた。17−18世紀の朝鮮後期の日用生活書『山林経済』には渇水として「木瓜渇水」と「五味渇水」が、同時代の農書『林園経済志』には御方渇水、林檎渇水木瓜渇水、葡萄渇水、香糖渇水が紹介されている。その調理法は前述の『居家必用事類』の「渇水番名攝里白」の項目からそのまま引用したものだという。

参考文献

  • 遠藤雅司(音食紀行) 『食で読む東方見聞録』 山川出版社 2024
  • 尾崎貴久子 「イスラームの食と医」(『東洋学術研究』51 2012)
  • 尾崎貴久子 「元代の日用類書『居家必用事類』にみえる回回食品」(『東洋学報』88 2006)
  • 尾崎貴久子 「おいしい摂里白(シャーベット)の作り方教えます」(『地中海学会月報』220 1999)
  • 尾崎貴久子 「中国明代のイスラム医学理解の研究―漢語イスラム医学書『回回薬方』に基づく」 2022年度 実施状況報告書
  • 佐藤次高 『砂糖のイスラーム生活史』 岩波書店 2008
  • 趙阮(翻訳 金範洙) 「モンゴル帝国の飲食文化の高麗流入と変化」(『SGRAレポート』82 2018)
  • 前嶋信次 「舎利別(シャーベット)考」(『東西物産の交流−東西文化交流の諸相−』 誠文堂新光社 1982)

居家必用事類全集10集20卷 [11] 渇水番名攝里白
国立国会図書館デジタルコレクション

居家必用事類全集10集20卷 [11] 渇水番名攝里白
国立国会図書館デジタルコレクション

居家必用事類全集10集20卷 [11] 渇水番名攝里白
国立国会図書館デジタルコレクション

忽思慧 『飲膳正要』 巻2「諸般湯煎」五味子舎児別
国立公文書館デジタルアーカイブ

*1:英語ではシャーベット(sherbet)、フランス語でソルベ(sorbet)という言葉になった。

*2:1276年、宣徽院管下の沙糖局が設置されている。沙糖局の役割は、沙糖(砂糖)と蜂蜜の煎じ造と方貢の果樹を管理することだった。

*3:五味子とはマツブサチョウセンゴミシの果実を乾燥させたもので、甘味、酸味、辛味、苦味、塩味の5つの味がする子(果実)の意味をもち、薬用に用いられた。

*4:桂皮・丁香・桂花などにはちみつを入れて煎じる

*5:もぎ立ての林檎汁を煮て作る

*6:山桃汁を絞ってはちみつを作れて煎じる

*7:木瓜に砂糖を加えて煎じる

*8:五味子汁を蜂蜜と一緒に煮て作る

*9:ぶどう汁にはちみつなどを入れて煎じる