戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

河西肺 かさいはい

 羊の肺に小麦粉や豆粉、木の実類を詰め茹でた肺詰め料理。元朝の宮廷料理の一つ。もとは河西地方(甘粛省の西部地域)に住んでいたウイグルの料理と推定されている。

調理方法

 14世紀に元朝元朝の宮廷飲膳太医*1忽思慧が編纂した食療書『飲膳正要』「聚珍異饌」には、「河西肺」の作り方について以下のように記されている。

羊肺 一個、韭 六斤 取汁、麺 二斤 打糊、酥油 半斤、胡椒 二両、生薑汁 二合
上件、用鹽調和勻、灌肺、煮熟、用汁澆食之。

 羊の肺1個。韮6斤は、その汁を取る。小麦粉2斤、水で溶いて糊状にどろどろにする。酥油(バター類)半斤。胡椒2両。生姜汁2合。これらの材料を食塩で調味して、肺袋に濯(そそ)ぎ入れ、それを煮て、汁をかけて食べる。

 同じく元朝で14世紀後半に成立した家庭百科全書『居家必用事類』でも、「回回食品」の一つとして「河西肺」が以下のように記されている。

連心羊肺一具浸浄。以豆粉四両肉汁破開。麺四両韭汁破開。蜜三両酥半斤。松仁胡桃仁去皮浄十両。擂細濾去滓和攪勻。灌肺満足下鍋煮熟。大単盤盛托至筵前。刀割楪内。先澆灌肺。剰余汁入麻泥煮熟。作受賜。

 心臓ごと羊の肺一具(ひとそろい)を、(水に)浸してきれいに(血抜き)する。豆粉4両を肉だしの汁でとき、麺(小麦粉)4両を韭(にら)汁でとき、これを蜂蜜3両、酥半斤、松仁(まつのみ)およびあま皮を去った胡桃仁(くるみのみ)10両を細かに擂って滓(かす)を濾し去ったものと合わせて攪拌し、その肺いっぱいに詰めて鍋で煮る。

 煮えたら大盤(おおざら)に盛ってそのまま宴席に運び、面前で切って楪(さら)に取り分け、肺に詰めきれなかった残りの汁に麻泥(練りゴマ)を加えて煮た汁をかける。これは賜宴のときに作られる。

ウイグルの料理か

 「河西」はかつて西夏が占めていた地方で、甘粛省黄河以西の地域。同地域にはモンゴル高原から追われたウイグルの末裔である甘粛ウイグルがおり、チベット系タングート族の建てた西夏に服し、後にイェケ・モンゴル・ウルスに降っている。

 上記のことから、河西肺はもとはウイグルの料理あるいはウイグル料理を取り込んだ西夏料理だった可能性があるという。前述のとおり『居家必用事類』では回回食品の一つに挙げられているが、「回回」はムスリムウイグルを指す呼称であった*2

 『飲膳正要』「聚珍異饌」にもみられることから、元朝にも伝わり、その宮廷料理の一つとなっていたことがうかがえる。『居家必用事類』の記述もあわせると、宴会の際に大皿に盛って客の面前で切り分けられ、練りゴマを溶いた煮汁をかけて食べられたものとみられる。

 なお料理の種類としては『居家必用事類』に載る「灌肺」と一類のものと考えられている。河西肺は松仁や胡桃仁などの木の実類を羊の肺に詰めて茹でた料理だが、「灌肺」は生姜の搾り汁や麻泥、杏泥、小麦粉、豆粉、熟油を混ぜ合わせて塩と肉だしの汁を羊の肺に詰めて煮る料理だった。

参考文献

  • 金世琳 訳 『薬膳の原点 飲膳正要(忽思慧)』 八坂書房 1993
  • 中村喬 『中国の食譜 東洋文庫594』 平凡社 1995
  • 尾崎貴久子 「元代の日用類書『居家必用事類』にみえる回回食品」(『東洋学報』88 2006)

居家必用事類全集10集20卷 [13]
国立国会図書館デジタルコレクション

*1:宮中の飲食事を司る官職

*2:元朝時代の中国では、「回回」はムスリムの呼称であり、他方ウイグルは「回鶻」あるいは音訳転写されて「畏吾兒」と称されることが定着したという。しかし両者は厳密に区別されていたわけではなく、時に「回回」と「回鶻」が混同されて、ムスリムウイグル両者を「回回」と呼ぶ場合があった。