戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

パブロ(マニラ) Pablo

 1570年(元亀元年)、ルソン島マニラに在住していた日本人キリシタン。スペイン人のマニラ占領の際、現地のムスリムとともに抵抗したという。

マニラでスペイン人と戦った日本人

 1570年5月、マルティン・デ・ゴイティ率いるスペイン人の遠征部隊は、現地のムスリムの首長らの軍勢を破りルソン島のマニラを占領した。同年5月8日付のゴイティのルソン島およびフィリピン諸島征服報告によれば、この時、マニラには既に日本人20人と中国人40人が在住していたという。

 この中に僧帽をかぶり、聖像を首にかけた日本人がいた。スペイン人が彼に対してキリスト教徒かどうかをたずねたところ、これを肯定して自分の名を「パブロ(Pablo)」と名乗ったという。パブロは、日本においてキリスト教の洗礼を受けていた人物だったのだろう。一方で原住民からは、彼がモロー人(ムスリム)の砲手の中にいたとの報告があったという。

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日本人のルソン島交易

  日本人のルソン島への渡航については、1565年作成のファン・デ・イスラの報告や1567年7月23日付ミゲル・ロペス・デ・レガスピ報告などでも記されている。日本人たちは中国人とともにルソン島ミンダナオ島などのフィリピン諸島に来航し、銀や日本刀などを持ち込んで金や中国絹を購入していていた。

 パブロも日本の交易船に乗ってマニラに来航し、同地に在住して現地のムスリムたちと交易を行っていたのかもしれない。

参考文献

  • 岩生成一 「呂宋日本町の盛衰」(『南洋日本町の研究』 岩波書店 1966)