戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

2021-04-18から1日間の記事一覧

ペグー Pegu

ビルマ南部に栄えたペグー王国の首都。1539年(天文八年)にトゥングー王国に占領されてからは同国の首都となった。

メナ Mena

サブ海、フローレス海に面するティモール島の北岸中部に位置する港町。同島の産物、特に白檀の積出港となった。

マカッサル Makassar

スラウェシ島南部ジェネベラン川河口部に位置した港市。ジャワ海域とマルク諸島、ティモール以東とを結ぶ航路の中継地として栄えた。

スンダカラパ Sunda Kalapa

ジャワ島西部地域・スンダ地方の中心的な港市。現在のインドネシアの首都ジャカルタ。16世紀、パジャジャラン王国の属領的外港であったが、その発展は母国を凌ぐものであったという。名称は、「カラパ」(椰子)が多かったことによるという。17世紀初頭…

パレンバン Palembang

スマトラ島東南部、ジャワ海に注ぐ大河・ムシ河から約90キロメートル遡行した地点に形成された港市。内陸物資の集積地であり、マラッカ海峡の要衝を占める国際貿易港としても栄えた。

ブルネイ Brunei

カリマンタン島北西部、南シナ海に面した天然の良港に恵まれた港市。東南アジアの中継基地として栄えた。

アゴー Agoo

フィリピン・ルソン島 西部のパンガシナン州リンガエン湾奥、アグノ河の河口にあったとみられる港町。天然の良港であるリンガエン湾にのぞむパンガシナン地方は、元来、遠隔地との通交が盛んな地域であった。

カガヤン Cagayan

フィリピン・ルソン島最北部のカガヤン地方の港町。同地方のカガヤン河の河口にあった日本人集落。史料上に特定の名はないが、便宜上、この項では「カガヤン」とする。

プノンペン Phnom Penh

メコン河口から約300km 遡上した地点に位置し、河川交通の要衝して栄えたカンボジアの交易都市。カンボジア王国を代表する町の一つであり、15世紀には一時その王都となっている。

ホイアン Hoi An

ベトナム中部、トゥーボン川の河口に形成された港町。16世紀末から日越貿易の拠点となった。「交趾」(コーチシナ)とも呼ばれたベトナム中部に位置する。

雲屯 Van Don

中国国境からベトナム北部へと連なる多島海にあった北部ベトナムの貿易港。李朝(1009~1225)、陳朝(1225~1400)から黎朝前期(1428~1527)までベトナム北部王朝の主要貿易港として栄えた。

富山浦 ぷさん

対馬対岸の朝鮮半島南部に位置する港町。中世、三浦の一つとして日本の朝鮮貿易の窓口となった。 太宗七年(1407)以前、朝鮮政府が興利倭船(日本の交易船)の到泊港を富山浦と薺浦に限定したことで倭人の居留が始まる。

タマリ たまり

千島列島最南の島・国後島の南端に位置する天然の良港。北海道本島とは根室海峡を隔てて向かいあう位置にあり、古くからアイヌの寄港地、交易地であった可能性もある。

アッケシ あっけし

東蝦夷地(現在の北海道東部)の天然の良港・厚岸湾の奥に位置するアイヌの集落。松前方面と、千島列島方面とを結ぶ交通の要衝。

宇須岸 うすけし

日ノ本(渡島半島東部)の物資の積出港となっていた港町。函館の旧名。宇須岸を交易港とする現在の函館市地域は、居住環境もよく、蝦夷ヶ島(北海道)における和人居住区の経済的中心地として繁栄した。

野辺地 のへじ

下北半島の付根、陸奥湾東南の沿岸に位置する港町。陸奥国糠部郡(上北郡)と陸奥湾、日本海との結節点として南部氏領国の重要港湾となったとみられる。

松前 まつまえ

海峡を隔てて本州・津軽半島と最短距離にある松前半島先端部に位置する港町。中世、蝦夷地和人拠点の中心的地位にあった。

田名部 たなぶ

下北半島の田名部川河口からやや遡った地点に位置する川湊。河口部の安渡浦を外港として下北の中心を担った。

十三湊 とさ みなと

本州北端部である十三湖・日本海間の砂州上に立地した港町。十三湖・岩木川の内陸水運と蝦夷ヶ島(北海道)に通じる北方交易の中心として栄えた。

野代 のしろ

出羽北部を流れる米代川(野代川)河口部に位置する港町。戦国期には檜山安東氏の外港として日本海海運の要衝を占めた。

夷浄願寺 えぞ じょうがん じ

戦国期、秋田湊にあった本願寺系の寺院。元は蝦夷地の松前にあった。蝦夷地や北奥地域への教線拡大を進めた本願寺教団の、最有力中継ぎ本山として同教団の布教の中心を担った。

秋田湊 あきた みなと

秋田平野や横手盆地など北羽最大の穀倉地帯を流域とする雄物川河口部に位置した港町。後背地の物資積出と湊安東氏の勢力を背景にして蝦夷地や畿内方面を結ぶ日本海海運の要港として栄えた。

左沢 あてらざわ

南羽の広域を流域とする最上川の河口部に位置する港町。中世以来、同地域と日本海との結節点を担う水運の拠点として栄えた。

酒田 さかた

南羽の広域を流域とする最上川の河口部に位置する港町。中世以来、同地域と日本海との結節点を担う水運の拠点として栄えた。

閉伊 へい

北上高地から宮古湾、太平洋に注ぐ閉伊川河口部、および宮古湾岸にあった港町。中世に遡って太平洋海運によって津軽、関東方面とつながっていたと推定される。

塩竃 しおがま

陸奥一宮・塩竃社の門前町。同時に陸奥南部の中心・多賀城(多賀国府)の外港として栄えた。製塩も盛んであり、南北朝期の旅行記『都のつと』には「あまの家」から塩焼きの煙が立ち昇る塩竃の風景が記されている。

湊浜 みなとはま

多賀国府から東流して仙台湾に注いでいた冠川(七北田川)の河口部に位置した港町。陸奥国南部の中心都市・多賀国府の外港となった。

多賀国府 たかのこう

戦国期の陸奥国の有力国人・留守氏の居城・高森城の城下町。その所在は東北を縦貫する奥大道上に位置する現在の仙台市岩切周辺と推定されている。

西山 にしやま

桑折西山城の城下町。天文元年(1532)、伊達氏当主・伊達稙宗が居城を梁川城から桑折西山城に移したことを契機として、その膝下に形成された。

塔寺 とうでら

武蔵・上野方面から宇都宮や小山へ至る幹線交通路の要衝に位置した宿場町。「天命」は広義には下野国阿曽郡の地名で、北は堀籠郷、南は馬門郷におよぶ地域。中世以降、天命鋳物の生産が盛んになった。