戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

2021-04-02から1日間の記事一覧

法華津 ほけつ

伊予南部の法花津湾に臨む港町。現在の愛媛県宇和島市吉田町法花津。戦国期、海賊衆的性格を持った伊予南部の有力領主・法華津氏の本拠地となった。

黒瀬松葉 くろせ まつば

伊予国南部・宇和郡の宇和盆地東南の丘陵麓に位置する黒瀬城の城下町。戦国期、宇和郡を代表する領主であった松葉西園寺氏が松葉城から黒瀬城に移った際、新たな本拠となった。

二間津 ふたまつ

豊予海峡に突出した細長い佐多岬半島の北側に湾入した小さな入江に臨む港町。現在の愛媛県西宇和郡伊方町二名津。豊後-伊予間航路の難所である 「速吸の瀬戸」(佐多岬と豊後の海峡部)を通過する際の伊予側の寄港地、停泊地として利用されたと思われる。

大津 おおず

伊予中部の大河川である肱川が貫流する大洲盆地に位置する城下町。中世、領主・宇都宮氏の本拠として栄えた。

内ノ子 うちのこ

伊予中部の大河川・肱川の支流である小田川が貫流する内子盆地に位置した市場町。室町・戦国期、交通の要衝にあることから宿場町として、また国人・曽根氏の城下町としても栄えた。

松前 まさき

伊予国松山平野の西岸、国近川河口部に位置する港町。室町・戦国期、周辺荘園の倉敷地として物資集散を担って栄えた。明応二年(1493)、道基(河野教通)が松崎性尋寺(現・金蓮寺)に発給した禁制には、「湊」の語がみえている。松前が港湾機能を持っ…