戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

宝石珊瑚 ほうせきさんご

 サンゴ虫と呼ばれるある種の動物によって、海中に形成されたもの。古来より宗教的・儀礼的な宝飾品として珍重された。

海を渡る珊瑚

 1世紀半ば成立の『エリュートラ海案内記』には、インド西海岸の港町の輸入品の中に珊瑚がみえる。中国では、『後漢書』に大秦国(ローマ帝国)の財宝の一つとして珊瑚が挙げられている。

 7世紀成立の薬学書である『唐本草』には、「珊瑚は南海に生ず。波斯国(ペルシャ)および師子国(スリランカ)より来る。」とある。中国に運ばれた珊瑚が、イラン(ペルシャ)を経由していたことがうかがえる。

 さらに7・8世紀の頃には、珊瑚は日本にも運ばれていた。正倉院御物のなかに、奈良時代の珊瑚が納められている。日本においては「胡渡り珊瑚」と呼ばれて珍重された。

珊瑚の産地

 13世紀ごろ、エジプトの学者ティーファーシーの著した『奇石の書』には、宝石珊瑚の産地についての記述がある。

 これによれば、「珊瑚はイフリーキヤの海(東地中海)のマルサー・アルハラズと呼ばれる場所にある」としている。また「イフランジャの海(西地中海)にもあるが、大部分はマルサー・アルハラズにあるものである。そこから珊瑚は、東方(イスラーム)地域、イエメン、インド、中国その他の地方に輸出される。」としている。

マルサー・アルハラ

 マルサー・アルハラズは、現在のアルジェリアのラ・カールのことで、チュニジアとの国境付近に位置する。10世紀のイブン・ハウカルの著した地理書『大地の姿』などによれば、マルサー・アルハラズには珊瑚を求めて多くの商人が集まり、珊瑚の品質も世界の海の中で最良であった。ジブラルタル海峡付近のサブタ(セウタ)でも珊瑚が採れたが、宝石としての価値は低く、産出量もわずかであったという。

 またマルサー・アルハラズには専用の加工工場と市場があり、その珊瑚はマグリブのスルタンの管理・統制下にあったとされる。

『諸蕃志』にみる珊瑚

 中国でも13世紀頃には、珊瑚についての詳細な情報がもたらされている。南宋の趙如适が1225年に完成させた『諸蕃志』の「珊瑚樹」の項には、「珊瑚樹は大食の眦喏耶国に産出する」とされ、生態や採集方法についての記述もみられる。

 この「眦喏耶国」は、12世紀にマグリブにあったハンマード朝の首都・ビジャーヤの音写ともいわれる。

参考文献

  • 家島彦一 「地中海産ベニサンゴの流通ネットワーク」(『海域から見た歴史 インド洋と地中海を結ぶ交流史』 2006 名古屋大学出版)