戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

2021-04-11から1日間の記事一覧

兵庫北関入舩納帳 ひょうごきたせきいりふねおさめちょう

文安二年(1445)の1年間に、兵庫北関(東大寺が管掌)を通過した船舶の積荷に対する関税の課税台帳。船籍地、積荷の内容と積載量、関税額、入港日、船頭、問丸が入港日順に箇条書きで記されている。

川舟座 かわふね ざ

室町・戦国期の船仲間組織。河野屋座とともに、敦賀を中心に水運など流通に深く関った。敦賀の港湾業務も管理した。

吉崎 よしざき

越前の最北部、大聖寺川と北潟湖の河口部に位置する港町。加賀国・安宅と越前国・三国湊を結ぶ海路の中継港として、また陸路でも街道によって北陸道と結ばれる交通の要衝として栄えた。

三国湊 みくにみなと

越前国の平野部を貫流する大河川・九頭竜川の河岸に位置した港町。中世、越前国の海の玄関口として日本海沿岸部はもとより、海外との交易でも栄えた。

金津 かなづ

越前と加賀を結ぶ北国街道と、竹田川の水運の交点に位置した市町。中世、興福寺大乗院の荘園である坪江・川口荘の中心として、また宿場町としても栄えた。

北庄 きたのしょう

北国街道、足羽川、交差点に位置する市場町。越前北部地域(足羽、吉田、坂井の三郡)の実質的な中心地を担って栄えた。周囲の社庄(石場)、木田庄とともに三ヶ庄とも呼ばれた。

平泉寺 へいせんじ

白山の登拝口に開かれた白山信仰の拠点・平泉寺の境内地と、その周辺の複数の市町からなる一大宗教都市。越前の大動脈・九頭竜川沿岸に位置する。

阿波賀 あばが

越前朝倉氏の本拠・一乗谷の下城戸に隣接する市町。一乗谷の商業地区として繁栄した。三国湊へつづく足羽川に接し、さらに北の庄と美濃を結ぶ美濃街道が通る交通の要衝に位置する。

一乗谷 いちじょうだに

戦国期、越前を中心に広域を支配した朝倉氏の本拠となった城下町。。越前平野主要部へ通じる足羽川、美濃街道に北接する南北の細長い谷に形成された。朝倉氏のもとで文化人、要人が訪れるなど文化的、政治的にも繁栄した。

浅水橋 あそうず はし

浅水と浅水二日市の間の現在の浅水川に架かる橋。平安期の『枕草子』に「あさむづの橋」としてみえる。『太平記』でも、勾当内侍局が新田義貞を追って越前国に下向した際、「浅津の橋」のところで義貞戦死の報を受けたと記されている。