戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

太刀「稲光」 いなびかり

 安芸国の有力国人・毛利廣元が、厳島神社に奉納した太刀。

備前長船の刀工

 その作期は、鎌倉末期から南北朝期と推定されている。銘文の個名が一字朽ちていて判読できないが、『厳島図絵』では「国真」と読まれている。このことから、備前長船の刀工・国真の作であることが分かる。

毛利廣元の寄進

 毛利廣元により「稲光太刀」が厳島社に奉納されたことは、戦国期の厳島神社社家・野坂房顕の『覚書』にみえる。奉納の時期については、明応年中(15世紀末)に起こった伊予今治の「マトバ」という海賊による厳島社寶蔵襲撃の以後としている。

宝蔵のリスト

  来島村上氏が毛利方から離脱した天正十年(1582)四月、戦火を避けるために厳島社宝蔵の宝物を桜尾城に移すことが検討された。その際に厳島社家から桜尾城主・穂井田元清の奉行人に提出された所蔵品リスト(「宝物預ヶ注文」)には、「荒波」、「乱髪」、「来大郎」、「新鬚切」などの銘刀とともに「稲光」も記されており、「先年広元御寄進」という注が付されている。

 その他の寶蔵のリストにも「稲光」は廣元寄進の太刀として散見している。「稲光」が価値の高い名刀であるとともに、毛利氏の古くからの厳島信仰の深さを示す証左ともなっている。

参考文献

  • 毛利元就展ーその時代の至宝ー共通図録』 1997