戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

能美 宣通 のうみ のぶみち

 毛利家臣。内蔵丞。宣仍の父。

知行地

 永禄三年(1560)十月、毛利隆元より周防国吉敷郡宮野庄(現在の山口市北部)の15石の給地を得た。永禄十年(1567)五月、この給地を子宣仍に譲っている。

宣通以前

 「閥閲録」巻70能美三郎左衛門の項には、宣通について「始仕元就公」とある。出仕時期は天文二十三年(1544)の防芸引分、または続く防長経略後か。

 それ以前の宣通の事跡は不明。ただ閥閲録の同項には、大永二年(1522)の能美弾正忠宛の感状や、嘉禎四年(1238)の能美庄別府(現在の江田島市)公文職と平姓能美秀家に関わる文書、安摩庄衣田島(現在の江田島市)公文職に関する文書等が収録されている。あるいは宣通の先祖に関わるものかもしれない。

参考文献