戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

プリカット ぷりかっと

 巨大なプリカット湖(潟)と海を隔てるシュリーハコータ島の南端部に形成された港町。14世紀から多くの商船が集まる商業都市として繁栄した。17世紀にはオランダの拠点となった。

ヴィジャヤナガル王国の港

 ヴィジャヤナガル王国最盛期、当時パラヴェールカードゥと呼ばれたプリカットは既に多くの帆船が集まる港町だった。ここから綿布を中心とする商品が積出されていた。

 1521年(大永元年)、南インドの半島東部にあたる広大な地域のナガラムと呼ばれる商人組織の者たちが、ナーガラープラム(プリカットからアーラニ川上流60kmの町)のヴィシュヌ寺院の境内に集まり、寺院の祭りの費用を拠出することを決めた。

 この時の記録を刻んだ刻文史料があり、この中でナガラムの組織が存在する各町ごとの醵金が定めらている。パラヴェールカドーゥのような港湾都市では、帆船に積まれる反物一巻について1パナム、他の輸出品については一品ごとに4分の3パナムというふうに定められている。

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中国、東南アジアとの交易

 プリカットで発見される遺物は、外国貿易による繁栄がオランダの来航以前に遡ることを示している。17世紀に築かれたヘルドリア城濠址からは、16世紀を中心に14世紀のものも含まれる福建省製や景徳鎮といった中国製陶磁器がいくつも採取されている。他にも15~16世紀のタイの青磁も発見されている。

オランダの拠点となる

 17世紀初頭、その繁栄に目をつけたオランダに占拠され、商館が建設される。以後、オランダのインドにおける重要基地となった。オランダは、プリカットを拠点に、インド特産の綿布を輸出し、東南アジアで樟脳や香辛料に換えてヨーロッパに持ち帰るという三角貿易を展開した。

参考文献

  • 辛島昇 「十三~十六世紀、コロマンデル海岸の港町―刻文史料と中国陶磁器片にみる」 (歴史学研究会編 『港町の世界史① 港町と海域世界』 青木書店 2005)