戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

マカッサル Makassar

 スラウェシ島南部ジェネベラン川河口部に位置した港市。ジャワ海域とマルク諸島、ティモール以東とを結ぶ航路の中継地として栄えた。

白檀交易ルートの中継港

 12世紀頃、ディマシュキーは『商業賛美に関する提案の書』の中で、西アジア市場にもたらされる白檀の最高級品を「マカースィル」(マカッサル)産としている。白檀はティモール諸島で産出される香木であり、既にこの頃にはマカッサルが同諸島やマルク諸島などで生産される交易品の、中継基地となっていたことがうかがえる。

ブギ人の海上活動

 マカッサルを根拠地とするブギ人は、海賊として広い海域で活動していた。ポルトガル人のトメ・ピレスによれば、マカッサルの人々は「世界中の誰よりも強い盗賊」であった。有力で、たくさんのパラオ(小船)を持ち、自分の国からペグーまで航海し、マルク諸島、バンダン諸島、ジャワ島、スマトラ島の周辺を徘徊して掠奪をはたらいたという。彼らは定期市を開いて盗品を処分し、捕らえた奴隷を売り払った。

マカッサル王国の交易振興

  16世紀半ばに形成されたマカッサル王国は、領内の水田開発をすすめた。豊富に生産される米と奴隷を輸出することで、東インドネシア諸島から香料や白檀、海産物を輸入した。これにより、マカッサルには輸入品を求める中国やインド、ジャワなどの商人、そしてポルトガル商船も寄港するようになる。

 また王国は、積極的な交易振興政策も打ち出している。マレー商人の保護につとめ、さらに度量衡の統一、関係機関の整備、来航商船への関税免除などの施策を行っている。

  特に17世紀に入ってオランダが香料貿易の独占を図るようになると、マカッサルはこれを嫌うムスリム商人や他のヨーロッパ勢力の貿易拠点となり、マルク諸島の香料やパンジャルマシンの胡椒の大市場ともなった。

王城中心に広がる市街

 1630年代の絵画資料によれば、市街地は王城ソンバ・オプーの外側に広がっていた。そこには大市場のほかにマレー人やクジャラート人などの外来ムスリム商人の居住区やマルク諸島の人々の居住区があり、ポルトガル、イギリス、デンマークの商館なども確認することができる。

参考文献

  • 鈴木恒之 「東南アジアの港市国家」 (『岩波講座 世界史13 東アジア・東南アジア 伝統社会の形成』 1998)