戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

東観音寺 ひがしかんのんじ

 東三河の古刹・東観音寺の門前町。 近世の宝永四年(1707)に起こった大津波による移転以前に、東三河渥美半島南岸に位置していた。

絵図にみる東観音寺の水運

 現在の東観音寺には、近世初頭以前には成立していた推定される古境内図が残されている。そこには行き交う多くの人々とともに、その門前には俵を積んだ二艘の筵帆の船、帆を持たない櫓走の船、砂浜の杭に繋留された船などが描かれている(『東観音寺古境内図』)。

 東観音寺が面する遠州灘は、近世においても難所とされる海域だった。しかし、この絵画史料から、中世においても多くの船が同海域を航行していたことがわかる。同時に東観音寺門前が、その寄港地、停泊地として機能していたことがうかがえる。

今川氏による東観音寺船への諸役免除

 天文十七年(1548)から永禄五年(1562)にかけて、今川氏から東観音寺に「漁船五艘」、「漕船五艘」、「新船壱艘」を対象とした諸役免除が約束されている。このことから東観音寺の門前町は、同寺に掌握される漁師や水運業者が存在し、彼らが今川氏領国で活発に活動していたことを推定することができる。

参考文献