戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

川獺 かわうそ

 日本では環境省によって2012年に絶滅種に指定されたが、かつて川獺は九州から北海道まで全国に生息していたという。戦国期には食材としても用いられた。

川獺料理

 天文十八年(1549)、毛利元就が子の吉川元春小早川隆景をともない周防山口の大内義隆を表敬訪問した。この時の献立記録『元就公山口御下向之節饗応次第』に「獺に大こん入」「川獺ごぼうの六ふ入」「川獺」という献立が記されている。川獺が饗応の膳に用いられる食材だったことが分かる。

 毛利家臣・玉木吉保も覚書「身自鏡」(元和三年成立)の中に、川獺の調理法に関するメモを書き付けている。「つま」にはごぼうや大根が合うとし、山椒も吉とするが、胡椒や生姜は「たたる」としている。

 江戸期の寛永二十年(1643)成立の『料理物語』にも吸物や貝焼などの川獺料理がみえる。獣肉では、他に鹿や、猪、兔、熊、犬などの料理法が記載されている。

吉川元春、川獺を所望する

 永禄五年(1562)五月、吉川元春は胃腸病にかかり、父毛利元就に川獺を所望したらしい。手元に無かった元就は、有れば元春の所に送ってほしいと毛利隆元に依頼している。隆元はあまり鮮度は良くないが、ちょうど塩漬けの川獺があるので元春に送ると返答した。

 塩漬けは、肉の保存の為に行われた。上記の「身自鏡」における川獺料理の箇所でも、塩漬けの川獺肉は水で一夜塩抜きを行うよう書き記している。

 病床の元春がなぜ川獺を求めたかは不明だが、江戸期には病人の養生や健康回復を目的として薬の代わりに鳥獣の肉を食べるということもあったらしい。正徳四年(1714)の『当流説用料理大全』には、川獺は「熱病に吉」とする薬効が載せられている。また『古事類苑』動物部によると、川獺の肉は伝染病や「大小便秘」などにも効き目があるとされる。

参考文献

  • 北島大輔「大内氏は何を食べたか−食材としての動物利用−」(小野正敏・五味文彦・萩原三雄 編 『考古学と中世史研究6 動物と中世−獲る・使う・食らう−』 高志書院 2009)
  • 金谷俊則 『毛利隆元』 中央公論事業出版 2008
  • 江間三恵子 「江戸時代における獣鳥肉類および卵類の食文化」 (『日本食生活学会誌』23) 2013