戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

練酒 ねりざけ

  中世以降、博多で製造された酒。江戸期の儒学者貝原益軒は『筑前国風土記』の中で、「その色、練絹の如くなるゆえ練酒(ねりざけ)と称す。昔よりありて久しき名産なるべし」としている。

好まれた酒

 寛正七年(1466)正月、周防大内氏のもとから京都に戻った斯波義敏相国寺蔭涼軒を訪問した際、「筑前博多」の「練緯」を持参した。蔭涼軒主は古くからその名を聞いていたが、このとき初めて飲んだようで、大変おいしい、と日記に記している(『蔭涼軒日録』)。

 室町期の歌謡集『閑吟集』にも次のような小歌がある。「練貫酒のしわざかや あちよろり こちよろよろよろ 腰の立たぬは あの人のゆゑよなう」。

全国的に知られる

 上記のことからも、練酒は当時すでに京都、地方を問わず、そのブランドを確立していたとみられる。室町期の連歌師・牡丹花肖柏の『三愛記』にも、加賀の菊酒、河内の天野酒とともに九州の「練緯(ねりぬき)」が挙げられており、練酒の全国的な知名度、評価を知ることができる。

 時代は下り、近世初期成立の『太閤記』にも、慶長三年(1598)三月の豊臣秀吉主催の醍醐の花見で用意された酒の中に「加賀の菊酒」や「天野」、「奈良の僧坊酒」、「尾の道」、「江川酒」などとともに「博多の練」がみえる。

参考文献

  • 佐伯弘次  「中世博多の職人」(大庭康時・佐伯弘次・菅波正人・田上勇一郎・編 『中世都市 博多を掘る』 有限会社海鳥社 2008