戦国日本の津々浦々 ライト版

港町から廻る戦国時代。そこに生きた人々、取引された商品も紹介します。

樟脳(中国) しょうのう

中国で生産された樟脳。樟(クスノキ)を加工して作られた。東南アジアで産する竜脳の代用品であり、殺虫剤や火傷の際の鎮痛剤として用いられた(『本草品梨精要』)。中国では12世紀には製造が始まっていたとみられる。

樟脳(日本) しょうのう

日本で生産された樟脳。樟(クスノキ)を加工して作られた。安価な竜脳と位置付けられ、殺虫剤や火傷の際の鎮痛剤として用いられたとみられる(『本草品梨精要』)。特産地は九州地方、特に薩摩国。17世紀以降、オランダによって海外に輸出された。

温科 種重 ぬくしな たねしげ

毛利氏被官。筑前宗像氏にも属した。官途名は吉左衛門尉。弟に波賀多親秀がいる。12端帆の大型船を複数所有し、筑前から山陰にかけての日本海で海上活動を行った。

温科 盛長 ぬくしな もりなが

大内家臣。仮名は弥四郎。官途名は弥左衛門尉。宗像社大宮司・宗像正氏の与力となり、筑前立花山城攻めなど大内氏の北九州経略で活躍した。

宮原銀 みやはるぎん

戦国期、肥後国宮原で発見された鉱石。発見当初は、銀鉱石と鑑定されたが、以後の史料には見えなくなる。

小幡 興行 おばた おきゆき

安芸国佐西郡石道(広島市佐伯区石内)を本拠とする国人。官途名は民部少輔。実名の「興」は、大内義興の偏諱とみられる。大永三年(1523)、安芸武田氏によって自害に追い込まれた。

浦添 うらそえ

琉球中山王国の王都。沖縄本島の南部、現在の沖縄県浦添市に位置する浦添グスクとその城下からなる。その語源は「うらおそい(浦襲)」で、浦々を支配する所の意という。